恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー

ささゆき細雪

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* I know that I must do what’s right / Hiduru Narashino *

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 一方、第二院長室に通された加藤木はうんざりした表情でほうじ茶を啜っていた。

「……まるで閉鎖病棟ね」
「それは光栄です」
「ほめてないわよ」

 いつぞやのやりとりを反復したかのような言動に、加藤木がため息をつく。
 それにしてもどうして貴女がここにいるんだと毒づく加藤木に、天はくすりと笑っている。

「たまたまお休みの日だったから立ち寄っただけよ。夕方には帰るわ」
「あー、そういえばご実家でしたね」

 院長室という名前だが、黒いレザーのソファとガラスの机が設置された応接セットと、青々と葉を繁らせている観葉植物、空間が目立つ本棚などからどちらかといえば来客を通すための貴賓室なのだろうと加藤木は推測する。茜里病院は楢篠天が生まれ育った場所でもある。彼女のことだから家を出てからも鍵を持っていたのだろう。とある事情で実家を飛び出してきたとはいえ。
 つまらなそうに応じる加藤木に、天もふうと息を吹きかけながらほうじ茶を啜る。

「……検査に連れ出されたの陸奥先生の方だったか」
「ごめんなさいね陸奥先生じゃなくて」
「まあいいわ。陸奥先生ならコデマリを苦しめるようなことはしないだろうから」
「……?」

 首を傾げる加藤木に、天が苦笑する。あちこちを嗅ぎまわっているくせに、彼女はときに鈍感な反応を見せる。白か黒かしっかり物事を弁えたい天にとって、加藤木は敵にも味方にもなりうる稀有な存在だ。それゆえに意地悪したくもなる。加藤木や陸奥からすれば、天の生家である赤根のやり方は常識外れで、医療行為から逸脱したものと捉えられてもおかしくない。
 だが、それよりも厄介な――諸見里の人間に小手毬を奪われるわけにはいかないのだ。実家と訣別したとはいえ、天はその考えには賛成していた。だから今回、例外的に従弟である雨龍に釘をさすために実家へ戻ったのである。ほかの人間とは極力顔を合わせず、信頼できる元婚約者の彼なら、コデマリを託せるだろうから。

「加藤木先生。本家については調査済みかしら」
「それは赤根本家の? それとも諸見里本家の?」
「どっちもと言いたいところだけど、重要なのは諸見里の方ね」

 加藤木はあくまで部外者の人間のはずだ。
「――諸神の菊が、桜庭雪之丞の元で花を散らせたのは事実でしょうか」
「単刀直入すぎない?」
「これでも湾曲しておりますが」

 加藤木が首を傾げながら天の表情をうかがっている。彼女は素直に疑問を口に乗せただけのようだ。それにしたって敵地ど真ん中でその発言をするのは危険だろうに。

「加藤木先生、諸神伝承ってご存じ?」
「ざっくり調べただけです」
「貴女や陸奥先生は知らないと思うけど、この地域古来の神話があってね」
「たしか氏神様ですよね」
「氏神のままでいられれば良かったんだけど……」

 加藤木は天の言葉を遮るように、鋭く告げる。

「その神話を、現代まで引き継いでいるのが、赤根一族なのですね」

 ずずずっ、と音を立てながらお茶を飲んだ天は、哀しそうに微笑む。


「そうよ。莫迦みたいでしょ。この現代においていまもなお神秘のちからを宿そうと必死になってるの。亜桜家は、その“諸神”を顕現するためのかんなぎの一族よ」
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