上 下
42 / 84
閑話 * 恋愛麻酔 ~if~

Love Anesthesia ~ i f ~ (4)

しおりを挟む



 忘れよう忘れようとするほど、忘れられなくなる矛盾。
 ハヤザキには心に決めた女性がいて、彼女はあたしなんかじゃ敵うことがなくて、ふたりは結ばれてめでたしめでたしで……
 ハヤザキにとってみたら、あたしは娘みたいな存在、だったんだろう。あたしが慕う仕草すら、そう捉えていたのだから。

「恋することに恋、しているだけじゃないか?」

 十七歳という身体に十五年分の人生。
 交通事故で半植物人間状態だったあたしを生死の淵から救い上げた麻酔科の青年医師は、意地悪だった。相反するように、リハビリテーション科であたしを担当してくれた医師は、優しくて、常に見守っていてくれた。

「なんでよりによって、早咲なんだよ」
 今にも泣きそうなあたしに、ミチノクは容赦なく追い詰めていく。

「あんな中年オヤジがお前の初恋だなんて間違ってる」
「ハヤザキのこと悪く言わないで!」

 疑心暗鬼に陥っていた自分に問いかけてきたミチノクに、あたしは癇癪を起こすことしかできない。

「恋に恋する状態って」
 見ていられないよとあたしを嘲る。
「まるで酔いの醒めない親父みたいに見えるから滑稽だよな」
 それは違うと咄嗟に言い返そうとしたのに、あたしは違うことを口にしていた。

「ミチノクは、真剣に、恋、したことないからそんなこと言うんだ」
「知った風な口、きくな」

 そう言って、三十二歳のミチノクは、こどもみたいに両頬を膨らませる。

「……知らないもん」
「知らなくて、いいさ」

 寂しそうな声が、染み渡る。彼の声を合図にするように、あたしはそっと、肩に頭を乗せる。失恋から立ち直れないあたしに、薬を渡すことも励ますことも慰めることもしないミチノク。少しくらい優しくしてくれてもいいじゃないか、そんな自分勝手な期待を押し付けて。
 瞳からひとすじ、流れた水滴が、彼の白衣を濡らす。

「産婦人科」
「え?」

 突然言われた言葉に、あたしは身体を起こす。

「近寄らない方がいい」
 ミチノクは、そう言ってベンチから立ち上がる。救急車のサイレンだ。同時に、彼のポケットに入っていたPHSが震える。援助要請だ。

「何それ」
「いいな」

 何も説明せずに、ミチノクは救急外来棟へ走っていく。残されたあたしは、彼の背中を目線で追うことしかできない。
 翻る白衣の裾が、コデマリの花弁のように見えたのはきっと、目の錯覚。


   * * *


 救急車のサイレンは鳴り止んだようだ。ミチノクは手術に駆り出されたんだろう、ってことは交通事故かな……

 ミチノクが座っていた場所に、白い花弁が音を立てずに舞い落ちる。あたしは彼に触れられた動かない左腕に、そっとくちづける。

「みぃつけた」

 ナラシノの声が聞こえて、あたしは顔をあげる。周囲を見回すと、妊婦さんや車椅子の老人が夕方の散歩をしているようだ。その中に、ピンクの白衣を着た女医の姿。

「もう、どこ行ったのかと思ったら、陸奥みちのく先生と逢引なんかしてたんだ」
「逢引なんかじゃないです事情聴取です」
「似たようなもんでしょ」
「全然違います」

 一瞬、ミチノクの警告が頭をよぎる。産婦人科に近づくな、ってどういう……
 そしてあたしは、彼が言おうとしていたことを、理解してしまった。



「小手毬ちゃん?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

処理中です...