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閑話 * 恋愛麻酔 ~if~
Love Anesthesia ~ i f ~ (2)
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ふわふわのくせっ毛を、綿菓子みたいだねと、ハヤザキが言ってくれてから、あたしは自分の髪を、好きになれた気がする。
触れたらとけちゃいそうだ。
そう言って、枕もとで右往左往する指を、あたしは見守っていたっけ。
真っ白なリネンのシーツの上で暇そうに寝そべっていたあたしの前に現れたハヤザキは、あたしから退屈という言葉を払拭してくれた。
それは、二年間という入院生活のフィナーレを送るには最高の演出だったと思う。
留年決定のあたしに、ハヤザキは勉強を教えてくれた。
歩くことを忘れていたあたしの、足になってくれた。夕方のリハビリには必ず顔を出してくれた。
ハヤザキが忙しくてあたしに会えないときは、オソザキが話し相手になってくれた。オソザキはあたしよりも十くらい年上の、人生経験豊富なお姉さん。
そういえば彼女は今、何をしているんだろう……ハヤザキに対抗するように遅咲きの花と自ら名乗った彼女は。
わだかまりを残したまま、あたしは退院してしまった。そして、知らなかったから今まで幸せでいられたということを、知った。
それでも。毎日愉しかったのは事実。
退院なんかしたくないって駄々をこねて、ミチノクに怒られたっけ。彼だけはあのときから全然変わらない。意地悪で皮肉屋でいつも不機嫌そうで。
病院を飛び出して、あたしはハンカチで溢れでた涙を拭いながら、空を見上げる。それでも涙は止まらない。ずっと我慢していた分が全部、流れていく。
ハヤザキがあたしと同じ気持ちじゃなかっただけで、どうしてこんなにも苦しいんだろう。
この痛みを誰か、早くとって。
涙で目の前が見えなくて、駐車場でしゃがみ込んでいたら、白衣を着た人が驚いてこっちに駆け込んできた。
「おーい」
女の人の間延びした声が耳元に届く。あたしに向けて声をかけたのだろう、ほっそりしたシルエットが近づいてくる。
涙目で視界がぼやけているあたしは、それが誰だかわからない。たぶん、知らない人。
「どうしたの? お腹が痛いの?」
喉が枯れ果てそうな嗚咽ばかり漏らすあたしは、そうじゃないと首を横に振ることしかできない。
* * *
――自分がとてつもなく場違いなところにいる、そう気づいたのは涙がひいた三分後。
「落ち着いた?」
ショートカットの女性が、あたしの顔をじぃっと見つめている。よくよく見てみたら、彼女が着ているのは、白じゃなくてピンク色の白衣だった。
同じ病院内だというのに、穏やかな雰囲気が漂う待合室。
あたしが二ヶ月前まで入院していた無機質な内科外科病棟とは全然違って、オレンジやピンクなどの暖色が中心になった明るい内装。
ソファに座って深海でシロナガスクジラが雄大に泳ぐ姿や珊瑚礁の森でイソギンチャクとカクレクマノミの共存生活が流れる映像を観ているのは幸せそうな……妊婦さんたち。
あたしは女医さんに確認する。
「ここって……産婦人科?」
「ご名答」
目の前にいる女医さんは、困惑しているあたしを余所に、紙コップに入った冷たい麦茶を持ってきてくれた。そういえば喉が渇いている。右手で受け取って、一気に飲み干す。
ふぅ、と息をついて、改めて目の前にいる女の人を見つめる。名札には「医師 楢篠」と書いてある。じゃあ、彼女は産婦人科医なんだろう。だからあたしをここに連れてきてくれたんだ。
あたしは仕事の邪魔をしてはいけないと立ち上がる。
「あ、ありがとうございました。ご迷惑かけて」
ぺこり、お辞儀をしようとしたら遮られた。
「まぁ落ち着けって。かわいい女の子が一人しゃがみ込んで泣いてたら放っておけないだろ。少し休んでいけって」
十七歳の女の子がぽつんと寂しそうに産婦人科の待合室にいるなんて、絶対誤解されそう。
……誰に?
一瞬、ハヤザキの横顔が浮かぶ。
彼の顔を吹き消すように、あたしは頷く。
「……迷惑じゃ、ないなら」
「心配しなくても大丈夫。次のお産まで時間あるから一緒にいてあげる。私は産婦人科医の楢篠、ナラシノでいいわ」
名前は? そうきかれて、あたしは小声で「小手毬」と応える。
「コデマリ、か」
そう言って、黙って考え込んでしまったナラシノ。変な名前だろうか?
鼻孔に届く、刺激的な消毒液の匂い。内装は異なっていても、この香りが漂うのは変わらないみたい。
「いい名前だな」
感慨深そうに、あたしの名を口にするナラシノ。ぽかんとするあたしに対して、ナラシノが誇らしげに口を開く。
「コデマリの花言葉、『努力』って言うの」
そう言って、ナラシノは笑う。
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