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閑話 * 恋愛麻酔 ~if~
Love Anesthesia ~ i f ~ (1)
しおりを挟む※「恋愛麻酔 ―Love Anesthesia―」のスピンオフ短編です。閑話としてご査収ください(全三話)。
設定上本編とはリンクしておりませんのでご了承ください(とはいえ一部ネタバレ注意?)。
幼い小手毬視点で物語が進みます。彼女に手を焼くミチノクにご注目ください。
* * * * *
失恋の痛みをなくすお薬をください。
ずっと、ずぅっと暖めていた大切な気持ちを全部、なかったことにできるような。
綺麗過ぎて触ることさえ躊躇われた硝子の造花のように、脆くて結局手を滑らせただけで割れて、砕けて、壊れてしまった恋心を、一瞬で消してしまえるような。
彼方と出逢った事実を記憶の外に追いやって、何事もなかったように今日もいい一日でありますようにと太陽に拝めるように。
* * *
「そんな薬、あるわけないだろ」
あっさり却下された。
「……ないの?」
ミチノクなら、絶対持っていると、そう思ったのに。
「お前、中学は?」
留年してやりなおしているあたしに意地悪そうに中学、という単語に力をこめるミチノク。あたしは負けるもんかと言い返す。
「今日から試験休み」
中間試験が終わって三日間だけお休みになったことを話すと、ミチノクは両肩を竦めて、あたしを睨みつける。
「……用がないなら帰れ。こっちは忙しいんだ」
しっしっ、と野良犬を追い払うような手つきであたしを振り払うミチノク。
確かに、この場所にあたしがいるのは場違いだ。もう、今となってはあたしと彼の接点は、ないに等しいのだから。
ペールグリーンの術着を纏った彼は、オフホワイトの壁に掛けられた時計を見て、戻っていく。
邪魔をしてはいけない。ここから先は、関係者以外立ち入り禁止の聖域だから。
背中を向けた彼は、振り返ることもせずに、扉の向こうへ姿を消す。
扉の上のあかいランプが点灯をはじめる。
* * *
ハヤザキは内緒だよって教えてくれた。
失恋の痛みをなくしてくれるお薬があることを。
「小手毬には必要ないかもしれないけど」
そう言って、寂しそうに笑ったハヤザキ。
あたしはまだ、失恋という言葉すら、未知のもので、実際に体験したこともなかったから、痛いのはイヤだよと言ったら。
「だから痛みをなくすお薬があるんじゃないか」
自信満々に応えたんだ。失恋というのが病気と関係ない現象だなんて知らなかったあたしは、ハヤザキの言葉を鵜呑みにして、今日の今日まで信じて。
「ミチノク。薬」
「敬称略すな、先生と呼べ」
「じゃあ、せんせい。お薬ください」
「丁寧に言ってもダメ」
昨日と同じで、ミチノクは不機嫌そうにあたしを見やる。昨日と同じで、そんな薬は存在しないと断言する。
それでもあたしは彼が薬を隠しているんだとばかり思ったから、しぶとく追求してしまう。薬さえあれば、この胸に宿る痛みは呆気なく溶けてしまう、そう信じて。
「だって」
早足ですたすたとリノリウムの床を歩くミチノクの背中を追いかけて、あたしは彼に訴える。
「麻酔科医の処方がないともらえないって」
あたしの言葉を耳に留めて、ミチノクが立ち止まる。無表情で、あたしに向き直る。半開きの窓から強い風が吹いて、あたしの長い髪とミチノクが着ている白衣を揺らす。
沈黙を破ったのは、ミチノクだった。
「誰だよ」
相変わらず、表情を変えることなく、口先だけを尖らせている。相も変わらず、不機嫌そうに。
「そんなこと言ったのは」
視線が絡む。彼が放った鋭い眼光に、怯みそうになる。けれど、負けずに言い返す。
言い返そうとして、言葉、詰まる。
「……ぁ」
声が、出ない。
言語中枢で拒否反応を起こしている。言えないもどかしさがあたしを苛立たせる。涙腺が潤む。こんなことで、身体が思い通りに動かなくなるなんておかしい。けれど、この症状だってきっと、失恋によるものなんだから。
目の前にいるミチノクが、薬を出し渋っているからいけないんだ。精一杯の虚勢を張って、睨みつける。
彼はそんなあたしを見ても、顔色一つ変えない。呆れたように呟く。
「早咲か」
あたしを逆上させるような言葉を、平然と。
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