35 / 84
* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 21 +
しおりを挟む* * *
小手毬が自傷行為をして病室を移ったと聞いた自由は、はぁと大仰に溜め息をつき、苦笑する。
「淋しがりやのお姫様に戻っちゃったか……」
「なんですかそれ?」
「いや、なんでもないです。それより加藤木先生、小手毬のリハビリテーションは」
「しばらくお休み、かな」
整形外科病棟を通り抜け、リハビリ室の前ですれ違った加藤木に声をかけられ、自由は足止めを食らっていた。
目の前にいる彼女は小手毬のリハビリ担当として陸奥とチームを組んでいる。小手毬の幼馴染である自由のことも知っているのだろう。人懐っこい笑みを浮かべながら彼女は自由に労いの言葉をかける。
「キミも大変だよね。応急外来が終わったら次はどこに入るんだっけ。四月からさらに厳しい研修がはじまるってのに落ち着く暇もないでしょうに」
「……まぁ、覚悟してましたから」
「ピュアだねえ」
揶揄するような彼女の声に、自由は顔をひきつらせるが、加藤木は彼の反応を喜ぶように言葉を重ねる。
「それにしても……いくら回復期に入ったとはいえ、こうもいろいろあると彼女も落ち着かないでしょうね」
「それは……」
「いまはまだ亜桜家が彼女を費用面で支えていてくれるけど、桜庭家に見捨てられた現状を考えると、そろそろ動き出すんじゃないのかい? 本家が」
「は?」
加藤木の突拍子もない言葉にぽかんとする自由を見て、彼女は自分の失言を悟る。
「……いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね引き留めて」
「あ、はぁ」
逃げるように立ち去る加藤木を見送り、自由は首を傾げながら、渡り廊下を歩いていく。
自由の姿が消えたのを確認した加藤木は、ふぅ、と息をついた後、リハビリ室に入っていく。
――あぶないあぶない、彼は知らなかったみたいね。
リハビリ室の扉の向こうで胸を撫で下ろせば、そこには先客がいた。
「何を話していた?」
「あら、陸奥先生。患者さんの容態は?」
「傍に看護師の楢篠を置いてる。眠剤を飲ませたからしばらくは寝ているだろう」
「ふぅん。傍にいて、って言われたんじゃないの?」
「なっ」
図星か、と笑う加藤木に陸奥はムッとした表情で問いかける。
「俺のことはいい。ジユウと何を話したんだ」
「たわいもない世間話ですけど?」
「どーだか」
呆れた顔で言い返せば、加藤木は陸奥の耳元へふっと息を吹き付ける。
うわっ、とたじろぐ陸奥を見て、彼女は小声で囁く。
「桜庭雪之丞が亡くなったことで諸見里の本家が動くんじゃないかな、と思ってカマをかけてみたんですけど、彼は“シロ”でした。あーつまんない」
「……意味がよくわからないのだが」
「まぁ、もともと分家の人間だっていうし、これ以上探るのも可哀そうかな」
くすくす笑う加藤木を不気味そうに見つめながら、陸奥は呟く。
「……守秘義務」
「露見なきゃいいのです」
「いやダメだろそれ」
「えー。だけど陸奥先生こそ気にならないんですか? 亜桜家の裏稼業」
「早咲が言ってたな……雪之丞の娘は“担保”だっていうあれか?」
「ひどいですねぇ、担保だなんて。だけど桜庭家が彼女を見捨てる決断をしたというなら、彼女の身柄も当然亜桜家のものになりますからねぇ。雪之丞は彼女を生かして利用したかったみたいだけど……」
生かして、という言葉の重さに陸奥は言葉を詰まらせる。
亜桜小手毬の両親に何度も懇願された「お金ならいくらでも出す」の滑稽さ。
彼女はなぜそこまでして生かされたのか? そして記憶を取り戻した彼女が「死にたがり」だという意味は?
苦悩する陸奥を面白そうに見上げて加藤木はさらりと告げる。
「雪之丞が先に死んじゃったから、計画は頓挫。桜庭蘭子は賢いわ~。得体のしれない隠し子を見捨てることで亜桜家の裏稼業からもすっぱり足を洗ったんですもの」
「だからその裏稼業って」
「しー。下手すると殺されますよぉ。リハビリ室の扉、開いたままになってるんだから」
「……殺されるとは尋常じゃないな」
「何を今更。早咲先生はそれが怖くて脱落したようなもんですよ。あとをキミに押し付けて、ね」
「は?」
俺は何も聞かされてないぞ? と首を傾げれば、加藤木は素直にそうでしょうねと微笑む。
早咲が亜桜小手毬の主治医から退いたのは、加害者の女性と恋仲になったから。
けれどその裏側には、陸奥にも言えないほんとうの理由が隠されていた?
「早咲先生のことだから、陸奥先生なら大丈夫だろう、って思ったんでしょうね。見事に策に嵌ってますし。見ていて面白いわ本当に」
「だから何だよそれ」
「あら珍しい。陸奥先生のお怒りの表情、なかなかカッコいいじゃない」
「話、を、そらすな!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつければ、ごめんごめんと真顔に戻り、加藤木は声を落とす。
「患者として彼女を救うことは簡単だけど、それは真の意味での救いにはならない、ってこと」
「……救い?」
「そ。諸見里くんはどんな道を選ぶかねぇ~」
話はもう終わりだと加藤木がしっしっ、と手を振るので陸奥は不貞腐れながら部屋を出ていく。
その向こうに、ピンク色の白衣を着た女医の姿があることに気づくことなく。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる