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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *

chapter,2 + 21 +

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   * * *

   
 小手毬が自傷行為をして病室を移ったと聞いた自由は、はぁと大仰に溜め息をつき、苦笑する。
 
「淋しがりやのお姫様に戻っちゃったか……」
「なんですかそれ?」
「いや、なんでもないです。それより加藤木先生、小手毬のリハビリテーションは」
「しばらくお休み、かな」

 整形外科病棟を通り抜け、リハビリ室の前ですれ違った加藤木に声をかけられ、自由は足止めを食らっていた。
 目の前にいる彼女は小手毬のリハビリ担当として陸奥とチームを組んでいる。小手毬の幼馴染である自由のことも知っているのだろう。人懐っこい笑みを浮かべながら彼女は自由に労いの言葉をかける。
 
「キミも大変だよね。応急外来が終わったら次はどこに入るんだっけ。四月からさらに厳しい研修がはじまるってのに落ち着く暇もないでしょうに」
「……まぁ、覚悟してましたから」
「ピュアだねえ」

 揶揄するような彼女の声に、自由は顔をひきつらせるが、加藤木は彼の反応を喜ぶように言葉を重ねる。
 
「それにしても……いくら回復期に入ったとはいえ、こうもいろいろあると彼女も落ち着かないでしょうね」
「それは……」
「いまはまだ亜桜家が彼女を費用面で支えていてくれるけど、桜庭家に見捨てられた現状を考えると、そろそろ動き出すんじゃないのかい? 本家が」
「は?」

 加藤木の突拍子もない言葉にぽかんとする自由を見て、彼女は自分の失言を悟る。
 
「……いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね引き留めて」
「あ、はぁ」

 逃げるように立ち去る加藤木を見送り、自由は首を傾げながら、渡り廊下を歩いていく。
 自由の姿が消えたのを確認した加藤木は、ふぅ、と息をついた後、リハビリ室に入っていく。

 
 ――あぶないあぶない、彼は知らなかったみたいね。
 

 リハビリ室の扉の向こうで胸を撫で下ろせば、そこには先客がいた。

「何を話していた?」
「あら、陸奥先生。患者さんの容態は?」
「傍に看護師の楢篠を置いてる。眠剤を飲ませたからしばらくは寝ているだろう」
「ふぅん。傍にいて、って言われたんじゃないの?」
「なっ」

 図星か、と笑う加藤木に陸奥はムッとした表情で問いかける。

「俺のことはいい。ジユウと何を話したんだ」
「たわいもない世間話ですけど?」
「どーだか」

 呆れた顔で言い返せば、加藤木は陸奥の耳元へふっと息を吹き付ける。
 うわっ、とたじろぐ陸奥を見て、彼女は小声で囁く。
 
 
「桜庭雪之丞が亡くなったことで諸見里の本家が動くんじゃないかな、と思ってカマをかけてみたんですけど、彼は“シロ”でした。あーつまんない」
「……意味がよくわからないのだが」
「まぁ、もともと分家の人間だっていうし、これ以上探るのも可哀そうかな」

 くすくす笑う加藤木を不気味そうに見つめながら、陸奥は呟く。
 
「……守秘義務」
「露見なきゃいいのです」
「いやダメだろそれ」
「えー。だけど陸奥先生こそ気にならないんですか? 亜桜家の裏稼業」
「早咲が言ってたな……雪之丞の娘は“担保”だっていうあれか?」
「ひどいですねぇ、担保だなんて。だけど桜庭家が彼女を見捨てる決断をしたというなら、彼女の身柄も当然亜桜家のものになりますからねぇ。雪之丞は彼女を生かして利用したかったみたいだけど……」

 生かして、という言葉の重さに陸奥は言葉を詰まらせる。
 亜桜小手毬の両親に何度も懇願された「お金ならいくらでも出す」の滑稽さ。
 彼女はなぜそこまでして生かされたのか? そして記憶を取り戻した彼女が「死にたがり」だという意味は?
 苦悩する陸奥を面白そうに見上げて加藤木はさらりと告げる。

「雪之丞が先に死んじゃったから、計画は頓挫。桜庭蘭子は賢いわ~。得体のしれない隠し子を見捨てることで亜桜家の裏稼業からもすっぱり足を洗ったんですもの」
「だからその裏稼業って」
「しー。下手すると殺されますよぉ。リハビリ室の扉、開いたままになってるんだから」
「……殺されるとは尋常じゃないな」
「何を今更。早咲先生はそれが怖くて脱落したようなもんですよ。あとをキミに押し付けて、ね」
「は?」

 俺は何も聞かされてないぞ? と首を傾げれば、加藤木は素直にそうでしょうねと微笑む。
 早咲が亜桜小手毬の主治医から退いたのは、加害者の女性と恋仲になったから。
 けれどその裏側には、陸奥にも言えないほんとうの理由が隠されていた?
 
「早咲先生のことだから、陸奥先生なら大丈夫だろう、って思ったんでしょうね。見事に策に嵌ってますし。見ていて面白いわ本当に」
「だから何だよそれ」
「あら珍しい。陸奥先生のお怒りの表情、なかなかカッコいいじゃない」
「話、を、そらすな!」

 顔を真っ赤にして怒鳴りつければ、ごめんごめんと真顔に戻り、加藤木は声を落とす。
 
「患者として彼女を救うことは簡単だけど、それは真の意味での救いにはならない、ってこと」
「……救い?」
「そ。諸見里くんはどんな道を選ぶかねぇ~」


 話はもう終わりだと加藤木がしっしっ、と手を振るので陸奥は不貞腐れながら部屋を出ていく。
 その向こうに、ピンク色の白衣を着た女医の姿があることに気づくことなく。
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