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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 17 +
しおりを挟む「亜桜さん、失礼しますよ~」
「あ、おはようございます」
「検温と血圧、お願いします~」
ノックの音とともに扉が開く。
ベッドから身体を起こしたまま、ぼうっとしていた小手毬の前に、看護師の楢篠が入ってくる。
彼は小手毬が目覚めてから傍にいてくれる看護師のうちのひとりで、唯一の男性だ。
基本的に女性看護師がパジャマの着替えや入浴の補助を行ってくれるが、リハビリなどで車椅子の乗り降りを繰り返したりする場合は力持ちの男性看護師がひとりいるだけでずいぶん楽になるのだそうだ。楢篠健太郎も日中病棟のナースセンターに常駐しており、あちこちの入院棟を行き来している一人で、自由の先輩にあたる産婦人科医、赤根天の夫でもある。
――アカネのことも思い出した。ジュウお兄ちゃんの家庭教師だった医大の先輩で、美人で……
記憶を取り戻してから改めて赤根天が目の前にいる健太郎の妻になった、という話を陸奥から聞いた時には目を丸くしたが、彼の献身的な動きを観察すると、納得できなくもない。
小手毬に観察されているとは思ってもいない楢篠はいつもと変わらず素早く検温と血圧の検査を行った後、朝食を取りに病室から姿を消した。
すぐさまワゴンに乗せられた朝食が運ばれてくる。ミネストローネのスープとバターが入ったロールパン。すこしかためのスクランブルエッグにレタスのサラダ、デザートにはブルーベリージャムの入ったヨーグルト。点滴生活を送っていた頃と比べたら雲泥の差だ。未だ小食ではあるものの、ようやく身体が食べ物を摂取することに慣れてきたこともあり、小手毬の体つきも枯れ木のように細かったものが年頃の女の子らしいものへと変化している。まだ、月経は再開していないけれど。
黙々と朝食を食べる小手毬を楢篠が見つめている。ほかの看護師たちは食べるところを確認したらすぐに病室から出て行ってしまうというのに、彼だけは自分が食事を運ぶ係になると患者が食べ終わるまで見守っているのだ。
はじめのうちは戸惑った小手毬だったが、何も言わずに優しく見つめるだけの彼が空っぽになったお皿を見て満面の笑みを浮かべるので、思わず笑ってしまった。「笑うとかわいいね」、なんてさらりと気障なことまで言って。
だからそれ以来、楢篠が食事を運んできてくれたら、頑張って食べるようにしている。
けれど。
「珍しいね、食が進まないのかな」
「あ、えっと、その……」
「事情は陸奥先生から聞いてるよ。戻ってきているんでしょ? 記憶。だとしたら、仕方ないよ」
こくりと頷きスープに口をつける小手毬に、楢篠が苦笑しながら告げる。
「諸見里先生には相談したの?」
「ううん……ジュウおにいちゃんには、まだ」
たぶん、小手毬の記憶が戻ってきていることには気づいているはずだ。
そして小手毬が自分を避けているという事実にも。
蘭子を連れてきた自分に非があることを今も責めているかもしれない。
小手毬の沈んだ表情を見て、楢篠はうーん、と困った声をあげる。
「それじゃあ、陸奥先生だけが知っているのかな」
「え」
「亜桜さんの病状が変質していること」
既に脳神経外科の領域を外れている小手毬はげんざいペインクリニックと称した麻酔科医の陸奥を筆頭に、記憶に関する意識障害を担当する精神科医やリハビリテーション担当の整形外科医たちとともに回復期の治療にあたっている。記憶が戻ってきているということで、今後の治療方法が変わっていく可能性を示唆され、小手毬はああ、と安堵の息をつく。
――そう、だよね。ナラシノは患者としてあたしに接してるだけ。ジュウおにいちゃんとあたしの関係を知っているわけがない。
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