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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *

chapter,2 + 15 +

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   * * *
   
   
「赤ちゃんができたみたい」


 産婦人科外来を終え、庭園で怯えたように告げた彼女を見て、早咲は微笑を浮かべて頷く。
 まるでこうなることを知っていたかのように。


「結婚、しましょう」
「……ほんとうにそれでいいのですか」
「いいも何も、貴女もそれを願っているのでは?」


 くすくす笑う早咲を前に、優璃は困った表情で首肯する。
 素直に喜びたいのに、喜べない理由を知っている早咲はぽつりと零す。
 

「小手毬さんなら、きっと喜んでくれますよ」
「……ええ、でも」


 交通事故の加害者として訪れた病院で被害者の担当医に恋をして、彼の担当を変更させて、おまけに子どもを妊娠して結婚する、と彼女に報告するのはとても勇気がいる。小手毬だって早咲のことを恋愛感情ではないにしろ信頼を寄せ慕っていたのだから。
 けれど、早咲は小手毬なら祝ってくれると優璃の前でさらりと口にする。
 
「貴女が心配することは何もありませんよ。僕が自由くんや陸奥に怒られるだけです」

 いままで仕事一筋で恋などしたことがなかった早咲が、十歳以上も年齢の離れた女性と親しくしているという話は病院内でも話題にのぼっている。とはいえ、ふたりのなれそめを知る者はほんのわずかだ。
 自由や陸奥がこのことを知ったら自分に失望するかもしれない。けれど優璃との間に子どもができたことはとても嬉しい。
 結婚なんて無縁だと思っていたのに、いじらしい優璃を前にしたらするっと言葉にすることができた。


「幸せにします。だから結婚してください」


 陳腐なプロポーズだと自分でも思う。
 きっと優璃もそう思ったはずだ。それでも彼女は笑顔を見せた。
 この先ずっとこの笑顔を見ていられるのならば、結婚も悪くない。
 守りたいものができると、ひとは強くなれるのだろう。小手毬を救おうと必死になって国試を通過した自由のように。
 自分にとってのそれはきっと、優璃と、彼女のお腹に宿った赤ちゃんなのだ。


   * * *
 
 
 幸せな気分で優璃と別れ、仕事に戻った早咲だったが、桜庭雪之丞が死んだことで小手毬の治療費の支払いが打ち切られることになり、彼の妻である蘭子が面会に来て彼女に告げたことで記憶の一部が戻ったとの話を耳にし、愕然とする。
 既に自分は担当から外れているものの、陸奥からの報告を聞いて自分の失態を悟る。
 亜桜小手毬が養女であることも、彼女が桜庭雪之丞の隠し子であることも伝えていなかったからだ。
 
 
「ほかに俺に隠していることはありませんか」 
 
 
 手術を終えたばかりの陸奥はミントグリーンの術着姿から、白衣へ着替えなおしている。
 ふだんよりも荒々しく着替える陸奥を見て、早咲は明らかに彼が怒っていることを認め、素直に謝罪した。
 小手毬の容態は安定しているようだが、蘭子との邂逅のショックは大きかったらしい。自分は死にぞこないだと落ち込んでしまい、会いたがっていた自由とも距離を置こうとしているのだという。
 
 
「その場に自由くんもいたのですか」
「ええ。彼も知っていたんですよね」
「そりゃあな。でも、彼を責めるのはお門違いだよ」
「なぜです」
「お前、いま言ったよな。ほかに俺に隠していることはあるか、って」
「言いましたけど」
「亜流の桜庭家である亜桜家は、財閥の裏稼業に携わっている。彼女はその担保だ」
「……はぁっ?」


 呆れたような陸奥の口調を前に、早咲は淡々と説明する。
 
 
「自由くんはそこまで知らない。ただ、彼女が桜庭家から養女として亜桜家にやってきたことは知っている、それだけだ」
「? おっしゃっていることがよくわからないのですが」
「要するに、だ。亜桜小手毬の治療を打ち切るよう桜庭家が方針を変えたとしても、すぐさま事態が動くことはない。お前は引き続き彼女の主治医として、回復期にいる彼女を見守りつづければいい」 


 これ以上伝えることはないと早咲が捲し立てれば、陸奥は不承不承頷く。
 不服だろうが、これ以上余計な情報を与えたくなかった早咲は、陸奥と入れ替わり、逃げるように手術室へ向かう。
 彼が早咲の後ろ姿を睨みつけていることに、気づかないふりをして。
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