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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 14 +
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面会時間内にやってきた招かれざる客がもたらした騒動のせいで、陸奥の機嫌は急降下した。
それでなくてもここ数日は緊張を要する手術がつづいており、ようやくひと段落ついたところだった。
そこへもたらされた小手毬の容態の急変だ。陸奥はしゅんとした状態の自由と点滴に繋がれた小手毬を見て一喝する。
「お前がいながらなんてザマだ!」
「……申し訳ありません」
「もういい。自分の持ち場に戻れ」
「はい。失礼します……じゃあな、小手毬」
幸い、すぐに意識を取り戻した小手毬は何事もなかったかのように微笑んで蘭子を見送ったが、先ほどまで子どもにしか見えなかった彼女が一気に老け込んだような豹変ぶりに蘭子の方が驚き逃げるように去ってしまった。
彼女と入れ替わりに病室に入ってきた陸奥は、状況がわからないものの、自由を追い払ってから棚や床に散らばる真っ赤なバラの花弁を拾いはじめる。
小手毬は横になった状態で自由に向けて手を振っている。彼の足音が消えたのを確認して、小手毬は陸奥に弁解をはじめる。
「あのね……ジュウおにいちゃんは悪くない、の」
すこし不貞腐れたような表情で小手毬は唇を尖らせる。子どもっぽい仕草なのに、どこか色っぽく見えてしまい、陸奥はぶん、と首を振る。
「お前には聞いてない」
「……」
陸奥はおとなしく引き下がる小手毬を見て、違和感を感じる。
ふだんなら、もっと自由のことを怒るなと騒ぐだろうに……
「ミチノク」
「なんだ」
「お金のない死にぞこないのあたしにできることって、何だかわかる?」
「なっ……」
彼女の哀しそうな問いかけに、陸奥は絶句する。
小手毬は蘭子とのやり取りで、曖昧だった記憶を取り戻したのだろうか。
黙り込む陸奥を見て、小手毬は老女のような悟りきった表情で呟く。
「雪之丞のおじさまが亡くなった……あたし、行かなくちゃいけないの」
どこへ、という問いかけるような陸奥のまなざしを受けて、小手毬はつづける。
「彼の血を受け継ぐただひとりの器となるために」
どこか痛みを耐えるような表情を浮かべたまま、小手毬は瞼を落とす。
点滴を繋いだまま、ベッドの上で横たわる彼女は、覗き込んでくる陸奥から逃げるように、瞳を閉じる。
けれど陸奥は彼女の気持ちを無視して言い放つ。
「――そんな顔、するな」
瞳を閉じた小手毬の鼻孔に甘ったるいバラの香りが届き、陸奥の声と同時に薄紅色の唇の上に乗る。
さっき、蘭子に散らされた赤いバラの花弁。
花びらが触れると同時に、柔らかくてしっとりとした感触が小手毬を襲った。
「……?」
それが、陸奥の温もりであることに気づいたのは、薄目を開けたからで。
「え」
「莫迦……」
「ミチ、ノク?」
一枚のバラの花びらごしに、互いの唇が触れ合っている。
微かに香る陸奥の消毒液が染みついた白衣の匂いと、上品なバラの香りが小手毬の頑なになっていた心を溶かしていく。
早める鼓動、赤らむ頬、潤んだ瞳を彼に向ければ、照れくさそうに陸奥は告げる。
「そんな風に、すべてを諦めた顔されたら、放っておけなくなるだろ」
陸奥の唇にバラの花弁がくっついている。
その間抜けな光景を見て、小手毬は困った顔をしている。
「……どうして、キスしたの」
「お前が死にそうになってたから」
「救命措置?」
「――そういうことにしとけ」
唇についていたバラの花びらを指ではがして陸奥は苦笑を浮かべる。
その様子を見て、小手毬の心はざわめく。
――ミチノクに、キス、された。
彼は救命措置だなんて茶化すけど、それでもバラの花びら越しに唇が触れ合ったのは事実で。
「……ジュウおにいちゃんには内緒にして」
「どうして?」
「こんなの、救命措置なんかじゃないよ」
「そうか?」
「子ども扱いしないで。それくらいわか……んっ!?」
反論を封じるかのごとく、ふたたび口づけられて小手毬は混乱する。
――なんで!?
抗おうにも点滴中だ。それに、さっき陸奥が小手毬の前で口にした言葉が耳から離れない。
――すべてを諦めた顔されたら、放っておけない。
柔らかい唇が触れ合ったことで、小手毬はそれ以前に感じていた諦観が霧散したことに気づく。
けれど。心が痛いのは、変わらない。忘れていた記憶の一部を取り戻したから? それとも?
この痛みの正体に、小手毬は気づかないふりをして。
いまはただ、彼に与えられる救命措置というイイワケの接吻を受け入れる――……
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