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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 11 +
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* * *
「今、なんと?」
「亜桜小手毬の家族から、これ以上お金は出せないと言われたそうですよ」
「そんな……なぜ」
「たぶん、頭が変わったからでしょうねぇ」
十二月に入り、殺風景な病棟もすこしだけクリスマスの装いが施されるようになる。
近所のキリスト教系の幼稚園が毎年たくさん飾りを作って届けてくれるためだ。
スタッフたちが合間を縫って入院病棟の廊下に折り紙のサンタクロースやトナカイ、毛糸のリースなどを並べるのを横目に、陸奥は耳を疑うような言葉に目を丸くする。
陸奥の反応を面白がるように、長身の女医は告げる。
「あの家は複雑なんですよ~。担当医になった際に理事長から説明受けてませんか?」
「……最初の担当医は早咲先生でしたから」
「そうですよね。じゃあ~、ご両親と顔を合わせたことは」
「それなら、何回か……」
混乱しつつも陸奥は思い起こす。
眠りつづける亜桜小手毬の担当医になった際、「娘をよろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してきた両親のことを。
そして目覚めた小手毬の姿を見て、「ありがとうございます」と涙した姿を。
――その姿に違和感はなかった。どこにでもいるようなふつうの家族だと、そう思っていた。
陸奥が考え込む姿を見て、女はふふ、と意地悪そうに口元を歪める。
「亜桜小手毬は養女なんですって」
「何」
「患者は事故に遭ったことで、そのあたりの記憶が曖昧になっているのかもしれませんがぁ……周りの人間は知っていて黙っているんでしょうよ。そう、諸見里くんも……ね」
「ジユウも、知っているのか」
――早咲とジユウが知っていて、俺だけが彼女の秘密を知らないでいた……?
「知っていると思いますよぉ。気になるなら訊いてみてください。外の人間の噂話よりも本人から実際に問いただした方が正しい情報が得られるでしょうから」
「それはそうだが……加藤木、頭とはなんだ?」
情報通の同僚で整形外科医として勤務している加藤木羚子は、小手毬のリハビリにも何回か付き合っている。
小手毬の境遇に興味を持ったらしく、早咲をはじめ自由や病院の人間にちょくちょくちょっかいをかけては陸奥に報告してくる、よくわからない人間である。
だが、彼女のようなもの好きがいるから、陸奥が情報に取り残されずにいるのも事実だ。
「桜庭財閥の首席トップのことですよ。先日亡くなられたというニュースはご存知ですよね」
「あ、ああ……?」
ネットのニュースの見出しでちらりと見ただけだが、古くからこの地域を牛耳る桜庭財閥の現トップが過労で急死したとの話題なら記憶に新しい。大地主で金融業を営む傍ら、さまざまな事業を手掛けていたビジネスエキスパート、桜庭雪之丞。四十前半で父親の跡を引き継ぎ、精力的に働いていた彼だったが、それが仇になったらしい。
享年五十二歳とまだ若く、経済界の重鎮や政治家たちから今後を期待されていただけにその死は衝撃的なものだったとマスコミも嘆いていたが、それよりも世間は残された成人前の一人息子が財閥を支えられるのか、莫大な遺産の行方は今後どうなるのかという俗っぽい話の方に興味を持っている。
「それが、どう関係するんだ」
「ニブイですよ、陸奥先生……亜桜小手毬の治療費は桜庭家から支払われていたんです、雪之丞の命令でね」
「はあ」
一介の医師は通常、治療費の支払いについては事務方に任せっきりで、そのお金がどこから出されたかなど気にも留めない。
だが、加藤木は事務方の人間とも懇意にしているようで、その手の話もちゃっかり耳に入れているそうだ。守秘義務上アウトだろ、と突っ込みを入れたいところだが、本人は「たまたま聞こえちゃっただけです~」とケロリとしている。
「陸奥先生こそおかしいと思わなかったんですか? 最先端の脳外科手術に二年にわたる長期入院、後遺症治療とリハビリ……莫大な医療費がかかっているのに助成制度を使うでもなくポンとお金を支払う患者さんですよ? 裏にすごい人物が関わっていることくらい理解できません?」
「……だが、医療保険や交通事故の賠償金などで支払ったんだろ?」
事故の責任を感じた優璃が結婚資金を崩して賠償したという話を出せば、加藤木はふん、とつまらなそうに鼻を鳴らす。
「そんなの微々たるものですよー。病院の個室料金やオプションも含めたらもっとかかります」
……ったくこれだから金持ちのボンボンは、と毒づく加藤木を前に、陸奥は目を瞬かせる。
確かに陸奥は両親ともに医者で、苦労することなく医学部に入り医師になったが、加藤木は県立高校から一浪して私立の医大に入り、ようやく医師になったものの今も奨学金の返済があるとしょっちゅう愚痴を零している。
「そうだな――ご令嬢、なのか」
「ようやく気づいたんですか……庶民の感覚だと『相当な』ご令嬢だと思うんですけど」
そう考えると、亜桜小手毬自身、私立の女子校に通うお嬢様だ。傍系とはいえ諸見里家と家族同士で懇意にしているのだから、家柄も生半可なものではないはずだ。
昏睡状態になった彼女の脳死判定を受けるか両親に訊ねた際、「お金ならいくらでも払うから、治療に専念してくれ」と早咲に懇願していた話も真実なのだろう。
それだけ、彼らは彼女を生かそうとしていたのだ。
そして彼女は意識を取り戻した。記憶や知能に後遺症はあれど、リハビリを行うことで日常生活を送れるレベルまでには回復している。
――が、ここにきて「これ以上支払う金がない」とはどういうことだ?
「まさか……桜庭家が……?」
「そのまさかですよ」
加藤木は陸奥の耳元でそっと呟く。
「彼女……亜桜小手毬は、桜庭雪之丞の隠し子なんです」
「今、なんと?」
「亜桜小手毬の家族から、これ以上お金は出せないと言われたそうですよ」
「そんな……なぜ」
「たぶん、頭が変わったからでしょうねぇ」
十二月に入り、殺風景な病棟もすこしだけクリスマスの装いが施されるようになる。
近所のキリスト教系の幼稚園が毎年たくさん飾りを作って届けてくれるためだ。
スタッフたちが合間を縫って入院病棟の廊下に折り紙のサンタクロースやトナカイ、毛糸のリースなどを並べるのを横目に、陸奥は耳を疑うような言葉に目を丸くする。
陸奥の反応を面白がるように、長身の女医は告げる。
「あの家は複雑なんですよ~。担当医になった際に理事長から説明受けてませんか?」
「……最初の担当医は早咲先生でしたから」
「そうですよね。じゃあ~、ご両親と顔を合わせたことは」
「それなら、何回か……」
混乱しつつも陸奥は思い起こす。
眠りつづける亜桜小手毬の担当医になった際、「娘をよろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してきた両親のことを。
そして目覚めた小手毬の姿を見て、「ありがとうございます」と涙した姿を。
――その姿に違和感はなかった。どこにでもいるようなふつうの家族だと、そう思っていた。
陸奥が考え込む姿を見て、女はふふ、と意地悪そうに口元を歪める。
「亜桜小手毬は養女なんですって」
「何」
「患者は事故に遭ったことで、そのあたりの記憶が曖昧になっているのかもしれませんがぁ……周りの人間は知っていて黙っているんでしょうよ。そう、諸見里くんも……ね」
「ジユウも、知っているのか」
――早咲とジユウが知っていて、俺だけが彼女の秘密を知らないでいた……?
「知っていると思いますよぉ。気になるなら訊いてみてください。外の人間の噂話よりも本人から実際に問いただした方が正しい情報が得られるでしょうから」
「それはそうだが……加藤木、頭とはなんだ?」
情報通の同僚で整形外科医として勤務している加藤木羚子は、小手毬のリハビリにも何回か付き合っている。
小手毬の境遇に興味を持ったらしく、早咲をはじめ自由や病院の人間にちょくちょくちょっかいをかけては陸奥に報告してくる、よくわからない人間である。
だが、彼女のようなもの好きがいるから、陸奥が情報に取り残されずにいるのも事実だ。
「桜庭財閥の首席トップのことですよ。先日亡くなられたというニュースはご存知ですよね」
「あ、ああ……?」
ネットのニュースの見出しでちらりと見ただけだが、古くからこの地域を牛耳る桜庭財閥の現トップが過労で急死したとの話題なら記憶に新しい。大地主で金融業を営む傍ら、さまざまな事業を手掛けていたビジネスエキスパート、桜庭雪之丞。四十前半で父親の跡を引き継ぎ、精力的に働いていた彼だったが、それが仇になったらしい。
享年五十二歳とまだ若く、経済界の重鎮や政治家たちから今後を期待されていただけにその死は衝撃的なものだったとマスコミも嘆いていたが、それよりも世間は残された成人前の一人息子が財閥を支えられるのか、莫大な遺産の行方は今後どうなるのかという俗っぽい話の方に興味を持っている。
「それが、どう関係するんだ」
「ニブイですよ、陸奥先生……亜桜小手毬の治療費は桜庭家から支払われていたんです、雪之丞の命令でね」
「はあ」
一介の医師は通常、治療費の支払いについては事務方に任せっきりで、そのお金がどこから出されたかなど気にも留めない。
だが、加藤木は事務方の人間とも懇意にしているようで、その手の話もちゃっかり耳に入れているそうだ。守秘義務上アウトだろ、と突っ込みを入れたいところだが、本人は「たまたま聞こえちゃっただけです~」とケロリとしている。
「陸奥先生こそおかしいと思わなかったんですか? 最先端の脳外科手術に二年にわたる長期入院、後遺症治療とリハビリ……莫大な医療費がかかっているのに助成制度を使うでもなくポンとお金を支払う患者さんですよ? 裏にすごい人物が関わっていることくらい理解できません?」
「……だが、医療保険や交通事故の賠償金などで支払ったんだろ?」
事故の責任を感じた優璃が結婚資金を崩して賠償したという話を出せば、加藤木はふん、とつまらなそうに鼻を鳴らす。
「そんなの微々たるものですよー。病院の個室料金やオプションも含めたらもっとかかります」
……ったくこれだから金持ちのボンボンは、と毒づく加藤木を前に、陸奥は目を瞬かせる。
確かに陸奥は両親ともに医者で、苦労することなく医学部に入り医師になったが、加藤木は県立高校から一浪して私立の医大に入り、ようやく医師になったものの今も奨学金の返済があるとしょっちゅう愚痴を零している。
「そうだな――ご令嬢、なのか」
「ようやく気づいたんですか……庶民の感覚だと『相当な』ご令嬢だと思うんですけど」
そう考えると、亜桜小手毬自身、私立の女子校に通うお嬢様だ。傍系とはいえ諸見里家と家族同士で懇意にしているのだから、家柄も生半可なものではないはずだ。
昏睡状態になった彼女の脳死判定を受けるか両親に訊ねた際、「お金ならいくらでも払うから、治療に専念してくれ」と早咲に懇願していた話も真実なのだろう。
それだけ、彼らは彼女を生かそうとしていたのだ。
そして彼女は意識を取り戻した。記憶や知能に後遺症はあれど、リハビリを行うことで日常生活を送れるレベルまでには回復している。
――が、ここにきて「これ以上支払う金がない」とはどういうことだ?
「まさか……桜庭家が……?」
「そのまさかですよ」
加藤木は陸奥の耳元でそっと呟く。
「彼女……亜桜小手毬は、桜庭雪之丞の隠し子なんです」
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