23 / 84
* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 9 +
しおりを挟む* * *
高次脳機能障害、というのだそうだ。
小手毬は早咲の説明を耳元に留めつつも、ふわぁあと大きなあくびを零してしまう。
「脳内にある血管に障害が起きたり、頭部に外傷を負った際の脳損傷が起因? しているんだっけ」
「そうだよ。あなたの場合、事故で頭を強くぶつけたことが原因になる」
「うん」
「ときにそれは神経・知的機能障害と呼ばれることもあるし、ひとによっては記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害なんてものがついてくることもある」
「うー」
「自分自身の障害を認識できないケースも多いけど、小手毬さんの場合は理解はできているみたいですね」
「……そのムズカシイ言葉はわからないけど、自分があたまをぶつけて神経とか記憶とかが飛んでる、みたいなのはわかります」
早咲の説明を受けた小手毬は、自分の身に何が起きたのか理解してはいるものの、まさか事故から二年ちかくも意識を失っていたとは到底思えないでいたのだ。
けれど、幼馴染の自由は研修医として医局に詰めている。今日も白衣を着て研修に励んでいる。
自分が意識を失っていた頃は、医大生だったから毎日のように見舞いに来てくれていたのだという。けれど小手毬には当然その記憶はない。
理解できるのは、自由は今日はここにいないということだけ。
いま、小手毬の病室にいるのはついさっきまでリハビリを手伝ってくれた早咲と、花束を渡してくれた見舞客のふたりだ。
「オソザキさん」
「なぁに? 小手毬ちゃん」
看護師たちからオソザキと呼ばれる彼女は、今日も小手毬のために花を持ってきてくれた。
聞いたところ、実家が花屋の卸売りを生業にしているから、毎回さまざまな花を準備できるそうだ。
小手毬は差し出されたブーケの中でひときわ目立つ淡いオレンジ色のスプレーバラの花弁を撫でながら、ぽつりと呟く。
「オレンジ色のバラの花言葉って、無邪気、ですよね」
「健やか、って意味を込めて選んだんだけど……無邪気って言葉も小手毬ちゃんに似合うわね」
「子ども扱いしないでください」
ぷう、と頬を膨らませて拗ねる小手毬に、優璃は苦笑を浮かべる。
「ごめんなさい、子ども扱いしているわけじゃないのよ。明るくて、キレイな花でしょう?」
花束の中央で主役然として咲いていたオレンジ色のミニバラはスプレーバラと呼ばれているのだという。一本の茎にいくつもの小さな花をつけている姿がなんとも可愛らしく、クリーム色のかすみ草と戯れるように二十ちかい花をつけている。
「それはわかってます……きれいな花を、いつもありがとうございます」
花に罪はないので小手毬はそれ以上何も言えなくなる。
彼女が小手毬を車ではねた、と聞いても怒りは湧かなかった。自由を庇って飛び出したのは自分だし、すでに両親と和解していることだ。なんせ当事者である自分も目覚めているのだから問題ない。
自由よりも冷静に、彼女は優璃を赦していた。
その対応に戸惑ったのは優璃だけではない、早咲や自由も、まさかこうも素直に小手毬が応じるとは思わなかったからだ。
陸奥だけが、その様子を分かり切ったように見つめていた。奇跡でも何でもない、と小手毬を受け入れてくれたときと同じように。
「その花の品種名、アレグリアって言うのよ。ほんのり紅茶のような香りがするでしょ?」
「うん」
ビビッドなオレンジ色とは裏腹に、リラックス効果が期待できる上品な香りを持つアレグリアの花を見て、早咲もほぉと面白そうに見つめている。
「やさしい香り……なんだか眠くなってきちゃうな」
「すこし休むかい?」
早咲の声に頷きそうになるが、慌てて小手毬は首を横に振る。
せっかくハヤザキとオソザキが来てくれたのに、すぐに眠ってしまってはもったいない。
それに、怖いのだ。眠りについたら、もう二度と目覚めることが叶わないかもしれないから。
意識を失っていた空白の二年間のように。
「まだ、おはなししたい、です」
小手毬が涙ぐみながら訴えれば、ふたりは柔らかく微笑んだ。
どこか困ったような表情にも見えたけれど、それはきっと、気のせい……
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる