恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー

ささゆき細雪

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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *

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   * * *


 高次脳機能障害こうじのうきのうしょうがい、というのだそうだ。
 小手毬は早咲の説明を耳元に留めつつも、ふわぁあと大きなあくびを零してしまう。

「脳内にある血管に障害が起きたり、頭部に外傷を負った際の脳損傷が起因? しているんだっけ」
「そうだよ。あなたの場合、事故で頭を強くぶつけたことが原因になる」
「うん」
「ときにそれは神経・知的機能障害と呼ばれることもあるし、ひとによっては記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害なんてものがついてくることもある」
「うー」
「自分自身の障害を認識できないケースも多いけど、小手毬さんの場合は理解はできているみたいですね」
「……そのムズカシイ言葉はわからないけど、自分があたまをぶつけて神経とか記憶とかが飛んでる、みたいなのはわかります」

 早咲の説明を受けた小手毬は、自分の身に何が起きたのか理解してはいるものの、まさか事故から二年ちかくも意識を失っていたとは到底思えないでいたのだ。
 けれど、幼馴染の自由は研修医として医局に詰めている。今日も白衣を着て研修に励んでいる。

 自分が意識を失っていた頃は、医大生だったから毎日のように見舞いに来てくれていたのだという。けれど小手毬には当然その記憶はない。
 理解できるのは、自由は今日はここにいないということだけ。
 いま、小手毬の病室にいるのはついさっきまでリハビリを手伝ってくれた早咲と、花束を渡してくれた見舞客のふたりだ。

「オソザキさん」
「なぁに? 小手毬ちゃん」

 看護師たちからオソザキと呼ばれる彼女は、今日も小手毬のために花を持ってきてくれた。
 聞いたところ、実家が花屋の卸売りを生業にしているから、毎回さまざまな花を準備できるそうだ。
 小手毬は差し出されたブーケの中でひときわ目立つ淡いオレンジ色のスプレーバラの花弁を撫でながら、ぽつりと呟く。
 
「オレンジ色のバラの花言葉って、無邪気、ですよね」
「健やか、って意味を込めて選んだんだけど……無邪気って言葉も小手毬ちゃんに似合うわね」
「子ども扱いしないでください」

 ぷう、と頬を膨らませて拗ねる小手毬に、優璃は苦笑を浮かべる。

「ごめんなさい、子ども扱いしているわけじゃないのよ。明るくて、キレイな花でしょう?」

 花束の中央で主役然として咲いていたオレンジ色のミニバラはスプレーバラと呼ばれているのだという。一本の茎にいくつもの小さな花をつけている姿がなんとも可愛らしく、クリーム色のかすみ草と戯れるように二十ちかい花をつけている。

「それはわかってます……きれいな花を、いつもありがとうございます」
 
 花に罪はないので小手毬はそれ以上何も言えなくなる。
 彼女が小手毬を車ではねた、と聞いても怒りは湧かなかった。自由を庇って飛び出したのは自分だし、すでに両親と和解していることだ。なんせ当事者である自分も目覚めているのだから問題ない。
 自由よりも冷静に、彼女は優璃を赦していた。
 その対応に戸惑ったのは優璃だけではない、早咲や自由も、まさかこうも素直に小手毬が応じるとは思わなかったからだ。
 陸奥だけが、その様子を分かり切ったように見つめていた。奇跡でも何でもない、と小手毬を受け入れてくれたときと同じように。

「その花の品種名、アレグリアって言うのよ。ほんのり紅茶のような香りがするでしょ?」
「うん」

 ビビッドなオレンジ色とは裏腹に、リラックス効果が期待できる上品な香りを持つアレグリアの花を見て、早咲もほぉと面白そうに見つめている。
 
「やさしい香り……なんだか眠くなってきちゃうな」
「すこし休むかい?」

 早咲の声に頷きそうになるが、慌てて小手毬は首を横に振る。
 せっかくハヤザキとオソザキが来てくれたのに、すぐに眠ってしまってはもったいない。
 それに、怖いのだ。眠りについたら、もう二度と目覚めることが叶わないかもしれないから。
 意識を失っていた空白の二年間のように。
 
「まだ、おはなししたい、です」

 小手毬が涙ぐみながら訴えれば、ふたりは柔らかく微笑んだ。
 どこか困ったような表情にも見えたけれど、それはきっと、気のせい……
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