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* night of before a firstlove / Makoto Michinoku *
chapter,2 + 3 +
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「ふぅん。それで、キミはどう思ったんだい?」
「どうにもこうにも。オレはあくまで看護師であって、医者ではないからなんとも」
「医者である私がいいと言ってるんだ。言いなさい」
「天は強引だなぁ」
病院内の食堂で、ピンクの白衣を着た女医と、看護師の男性が並んでいる。ふたりの名札には「楢篠」の文字。彼らが夫婦であることは周知の事実だ。
今日の定食のおかずであるブリの照り焼きに箸をつけながら、楢篠天ははぁと溜め息をつく。
病院というのは意外と出会いの少ない職場だ。そのため医師と看護師がくっつくのはよくあることだ。とはいえ、女医と男性看護師がくっついた例は、この地域医療センター内では楢篠健太郎と天夫妻だけだ。
産婦人科の外来を主にしている天と一日中内科外科病棟で勤務している健太郎は仕事柄顔を合わせることも特にないため、患者を混乱させることも、勘違いさせるようなこともない。ふたりの「楢篠」は、結婚当初は職員に珍しがられていたものの、今ではそれが当然のことと認識されている。
だからふたりは互いの名を呼ばせない。天と病院で呼べるのは健太郎だけで、健太郎と病院で呼べるのは天だけで、それ以外の人間はふたりを「楢篠」を「楢篠先生」と「楢篠さん」で呼びわける。 当然、天の方が高給取りだが、ふたりは気にすることもない。
そのふたりが職場で顔を合わせる唯一の場が、食堂である。だから天は食堂が好きだ。
守秘義務があるため最低限の情報しか聞けないものの、夫の健太郎が新しい患者の担当をすると聞いた天は、彼がどんな患者を受け持ったのか興味があるため、今日はいつも以上に彼の言動ひとつひとつについ注目してしまう。なんせ、植物状態から奇跡の復活を遂げた患者を受け持ったのだ。滅多にない経験をする彼を天は羨ましそうに見つめる。
対する健太郎は、妻の天が何をしていようが、彼女はしっかり仕事をこなしていると知っているから、深く追求することはない。仕事について愚痴られれば話を聞いてあげるし、逆に、自分の方が天に厳しい労働の現状を訴えたり愚痴ることもある。
今日の場合、愚痴でも訴えでもない、単なる報告になるんだろうなと健太郎は苦笑する。
風変わりな患者と癖のある医師のもとにつくことになった自分が見た、ちょっとした諍いは。
苦笑いを浮かべた夫から視線を逸らして、天は呟く。
「それにしても。珍しいね、陸奥先生が主治医って」
健太郎はそう言われてみると、そうかもしれないなと頷く。
「当初は早咲先生が担当だったんだけど、専門領域が異なるとかなんとかで変わったんだよ」
「確かに、脳神経外科の出る幕はこの先なさそうだね」
そこで天は考える。陸奥が患者を受け持ったのはいつ以来だろう。自分が医局に入った頃から、彼は表舞台を避けるように勤務している。かなりの腕を持つ麻酔専門医としてあの早咲からも一目置かれている三十二歳の若手医師は、極力他人との接触を避けているように見えた。
「その、陸奥先生が患者と衝突したんだっけ」
健太郎の話を咀嚼して、天は確認をとるように彼の表情をうかがう。
「まぁ、そういうことかな」
果たしてあれが衝突と呼べるものかは定かではない。健太郎が間近で見たふたりの言い合いは、とても医師と患者が起こすようなことではなかった、それだけは事実だ。
彼がいないと生きていけないと淋しそうに呟いた少女、亜桜小手毬の姿を思い浮かべ、健太郎は首を縦に振る。
「その患者も災難だね。よりによってあの堅物が主治医だなんて。まぁ、腕は認めるけどさ」
「彼は自分だけでなく他人にも厳しい人間なんだろうよ」
「だろうね」
健太郎の皿に残されたトマトを手で掴み、天はぽいっと自らの口に投げ込む。口の中に拡がったトマトの甘みは、どこか嘘っぽい日常を現実へ引き戻す。
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