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* long long prologue / Sadayoshi Moromizato *
chapter,1 + 12 +
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脳神経外科学会の植物状態の定義は六つある。思い返すように陸奥は声にする。
「自力移動が不可能である」
「たとえ声を出しても意味のある発語は不可能である」
「眼を開け、手を握れ、等の簡単な命令にはかろうじて応じることはあるが、それ以上の意思疎通は出来ない」
「眼でかろうじて物を追うことがあっても認識することは出来ない」
「自力摂食が不可能である」
「糞尿失禁状態である」
以上の状態が、治療ににもかかわらず三ヶ月以上続いた場合、植物状態とみなされる。
「……自律神経は正常に機能しているのに体性神経は欠如した状態なんだ。それが全体的なものかそうでないかはわからないが」
「おい、また動いたぞ」
陸奥は小手毬の様子を見て、首を傾げる。残暑の厳しい九月になってから、彼女の動きが顕著になった。僅かながらも動こうとしている手は、ちいさすぎてとても十八歳のものとは思えない。
「何があった?」
小刻みに動き出した手を見た早咲が、陸奥に尋ねる。
「……こっちが知りたい」
事故から一年と十ヶ月。
このまま呼吸が止まってもおかしくないと思われていた少女が、生きようとしている。
それも、意識を失って二年近く経過しようとしている、絶望的なときに。
まだ、手を動かす程度だが、やがて瞼を開き、再びひかりを見るようになるだろう。
そして声をあげることも可能なはずだ。意識さえ回復すれば。
今はまだ、植物状態に認定されてはいるが、状況次第では、根底から覆るかもしれない。
陸奥のてのひらに、汗が滲む。
今日も病室の飾り棚には優璃の持ってきた色とりどりの花が並ぶ。ラークスパーだろうか、ヴァーミリオン色の八重咲の花はまるで鳥の翼のように大きく開いている。
小手毬に意識回復の兆しが見えたことで、現場は活気付いてきた。
奇跡が起きようとしている。誰もが彼女の目覚めを待っている。
担当医を引き継いだ陸奥は、慎重に彼女の動きを見守る。
早咲も、手術に追われているものの、時間があれば陸奥のもとへ訪れるようになった。そして。
――その報告を、自由は産婦人科の研修中に聞く。
* * *
彼女が目覚めたときに傍にいられればいい。
そう思ったのに。
今、自分は同じ敷地内の違う科で、研修を受けている。
整形外科研修を終えた自由は、現在産婦人科の研修に入ったところだ。
近年導入された総合診療方式、スーパーローテートにより、彼は外科系の科目すべてを二年間で経験しなければならないのだ。
その中には、早咲が専門とする脳神経外科、陸奥が専門とする麻酔科も含まれている。
だが、自由はまだ、彼らに追いつけない。専門医スペシャリストになるにはそこからまた、経験を積まなければならないのだから。
ただ、自由にできるのは、目の前をがむしゃらに進んでいくだけ。
初期研修の二年間は、あっという間に過ぎていきそうで、ぞっとする。
二年後、自分はどのような選択しているのだろう。
小手毬のために今の道を選んだ自分は、悔やんでしまうのだろうか。
白衣にも慣れた。
これが自分の戦闘服だ。
「ジユウ、次は分娩台ついて」
産婦人科の研修に入ったことで、自由は医大の先輩である楢篠の下についた。
彼女はピンク色の白衣を着て、颯爽と仕事をこなしていく。
「はいっ」
ピンク色の内装を施された産婦人科病棟は、内科外科病棟のような無機質さを感じさせない。
だが、リラックスした状態で仕事に臨めるかと聞かれれば、そうではない。
タクシーで到着した妊婦は破水していた。これから出産だ。
「そんなとこにいたら助産師さんの邪魔になるだろ、早くこっち」
楢篠に腕をひっぱられて、呆然としていた自由は息を飲む。
妊婦につきそう旦那も不安そうな表情をしている。楢篠は慣れた手つきで旦那を椅子に座らせる。
「あなたが慌ててどうするの。奥さんはこれから頑張るんだからね」
そう叱咤して、彼女は奥へ進んでいく。自由も彼女の後に続く。
――そして。
「ジユウ、取り上げろ」
「え」
「もうやり方は見てるだろ。私がしたようにすればいいの!」
助産師が自由に赤ん坊を取り上げるよう目配せをする。自由はこくりと頷き。
新しい生命を、取り上げる。
ぎゃんぎゃん泣き喚いている。
空気を取り込んで、新しい世界に舞い降りたのは……
女の子だった。
「おめでとうございます、女の子ですよー!」
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