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* long long prologue / Sadayoshi Moromizato *

chapter,1 + 5 +

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   * * *


「ジユウだろ?」

 そして冬のはじまり。いつものように、面会終了時間まで小手毬の穏やかな寝顔を見つめていた自由は、呼び止められて首を傾げる。
 自由をジユウと呼ぶ、懐かしい女性はひとりしかいない。

「……赤根あかね先輩」
「お久しぶり。やっぱり君だったんだ、少女の騎士は」

 小手毬のことを言っているのだろう。そういえば彼女は幼い頃の小手毬と面識があったはずだ。小手毬は覚えていないだろうけど。

「ドイツから戻られていたんですね」

 自由とさほど変わらない女性にしては高い背丈、身につけているのはオレンジに近いピンク色の白衣、そして髪型はボーイッシュなショートカット。彼女の外見は、大学時代と変わっていない……白衣を慣れたように着ているのを除いて。

「まぁな。ところでジユウ、気づいてないのか?」
「はい?」
「結婚したから苗字変わったんだよ。アカネからナラシノに」

 そう言って、胸ポケットにつけている名札を見せる。確かに、「医師 楢篠ならしの」と記されている。

「け、結婚……?」

 冷静に応えると、楢篠はぷぃと顔を背ける。どうやら怒らせてしまったようだ。

「言葉のあやよ。揚げ足とるんじゃないの」
「……はい」

 しょんぼりしてしまった自由を宥めるように四つ年上の先輩は呟く。

「まったく。君は変わらないね」
「そうですか?」

 カツン、カツンとリノリウムの床にふたりぶんの足音が響く。窓の向こうは橙色に染まり、西の空は真っ赤に燃え上がっている。まるで火事のように。アスファルトの上に流れた小手毬の血のように……

「少しはいい男になってるかと思ったけど、全然駄目だ」
「厳しいですね」

 それでも楢篠は糾弾をやめない。苦笑を漏らす自由に、打ちのめすような言葉を返す。

「いつまで彼女に拘る? あの女の子がジユウにとって大切だってのはわかっているが、個人的な感情で物事を左右しつづける生活を送りつづけていたら」

 真顔になって、続ける。

「近い将来、破滅するぞ」

 楢篠の警告を、自由はさらりと受け流す。

「知ってます。でも、今だけですから」

 植物人間の小手毬の傍にいられるのは、今しかないと、自由は力説する。

「あと半年も猶予はないけどな。それでもいいなら好きにしな」

 楢篠はそう言って、連絡口から外へ出て行く。それ以上、聞いてくることはなさそうだ。単に興味がないだけかもしれないが。


「先輩に言われなくても……好きにしますよ」


 まるで自由の言葉を予想していたかのような楢篠の反応に、驚きつつも納得してしまう。彼女はいつだって冷静で客観的視点から物事を判断している、元教え子の生半可な考えなど当然のように推測できていたのだろう。
 毒づきながら、自由も追いかける。無機質な病院の白い建物から出ると、そこは。
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