恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー

ささゆき細雪

文字の大きさ
上 下
2 / 84
* long long prologue / Sadayoshi Moromizato *

chapter,1 + 1 +

しおりを挟む



 無意識のうちに身体が動いていた。兄のように慕っていた彼から、目の前に迫り来る真っ赤な乗用車を斥けるために。
 精一杯のちからで、彼を押しやった。

「小手鞠!」

 けれどもちいさな身体はあっけなくはね飛ばされて宙を舞う。濃紺のセーラー服を着た少女が頭から地面へ墜落していく。
 目撃者の悲鳴と、ぐしゃりという不快な衝撃音。同時に黒板にフォークをつきたてて引っ掻いたときに鳴り響くような不協和音が世界を覆う。それが車のブレーキの音であることすら、自由さだよしには理解できなかった。


 目の前の光景を嘘だと、夢だと思いたかった。
 いつもふたりで通るアスファルトに血溜まり。胸元を飾っていた真っ白なリボンタイは禍々しいほどの臙脂へと色を変え、触れたらとけてしまいそうなふわふわの黒髪にはべったりと血が付着している。とくとくと流れ出る赤い液体をとめようと、彼ははね飛ばされた少女の前へ駆け込み、着ていたジャケットを脱いで止血を試みる。麻でできた萌黄色のジャケットはみるみるうちに赤黒く染まっていく。


 無力だ。たとえ救命処置についての知識を知っていても実践できるわけではないと自由は思い知る。ぎりぎりと歯を食いしばる。悔しい。なぜ彼女がこんな目に合わなければならない?
 少女の名を呼ぶ。小手毬、何度も何度も何度も呼びかけても、彼女は応えない。頭を強打したのか、ぴくりとも動かない。けれど、素人がむやみに動かすものではない。



 目撃者が呼んだのだろう、遠くからサイレンの音が聞こえる。小手毬の前でしゃがみ込んで抜け殻のようになっていた自由は顔をあげ、死んだ魚のような瞳で、佇んでいた女性を見眇める。
 真っ赤な車を運転していたのは、自由より少し年上の、二十代後半の女性のようだ。レースのシルクブラウスとグレーのタイトスカートを着た彼女は、会社帰りのОLに見えなくもないが、少し浮世離れした感じがある。


 きれいな、ひとだ。
 自分がしてしまったことにうろたえ、立ちすくんでいる。彼女は取り乱していた。少女をはねてしまった事実に打ちのめされていた。
 自由はその様子を見て醒めてしまった。あなたが取り乱していても、小手毬が治るわけではない。彼女は現に、あなたにはねられてしまったのだから。


 サイレンが間近まで迫り、静かになる。
 救急車と、パトカーが現場に到着し、それぞれ救命措置と実況見分を開始する。小手毬をはねた女性と自由は警察から事情を聞かれることに、そして小手毬は事故現場から一番近いところにある大学病院附属の医療センターへ搬送されることになる。
 やがて、救急隊員の手によって少女は担架に乗せられる。彼らの表情は必死だ。自由は祈ることしかできない。そして。


 すべて、悪夢であると、逃げることしか、できない。


 ――今はまだ、彼女を救えない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...