恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー

ささゆき細雪

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* long long prologue / Sadayoshi Moromizato *

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 無意識のうちに身体が動いていた。兄のように慕っていた彼から、目の前に迫り来る真っ赤な乗用車を斥けるために。
 精一杯のちからで、彼を押しやった。

「小手鞠!」

 けれどもちいさな身体はあっけなくはね飛ばされて宙を舞う。濃紺のセーラー服を着た少女が頭から地面へ墜落していく。
 目撃者の悲鳴と、ぐしゃりという不快な衝撃音。同時に黒板にフォークをつきたてて引っ掻いたときに鳴り響くような不協和音が世界を覆う。それが車のブレーキの音であることすら、自由さだよしには理解できなかった。


 目の前の光景を嘘だと、夢だと思いたかった。
 いつもふたりで通るアスファルトに血溜まり。胸元を飾っていた真っ白なリボンタイは禍々しいほどの臙脂へと色を変え、触れたらとけてしまいそうなふわふわの黒髪にはべったりと血が付着している。とくとくと流れ出る赤い液体をとめようと、彼ははね飛ばされた少女の前へ駆け込み、着ていたジャケットを脱いで止血を試みる。麻でできた萌黄色のジャケットはみるみるうちに赤黒く染まっていく。


 無力だ。たとえ救命処置についての知識を知っていても実践できるわけではないと自由は思い知る。ぎりぎりと歯を食いしばる。悔しい。なぜ彼女がこんな目に合わなければならない?
 少女の名を呼ぶ。小手毬、何度も何度も何度も呼びかけても、彼女は応えない。頭を強打したのか、ぴくりとも動かない。けれど、素人がむやみに動かすものではない。



 目撃者が呼んだのだろう、遠くからサイレンの音が聞こえる。小手毬の前でしゃがみ込んで抜け殻のようになっていた自由は顔をあげ、死んだ魚のような瞳で、佇んでいた女性を見眇める。
 真っ赤な車を運転していたのは、自由より少し年上の、二十代後半の女性のようだ。レースのシルクブラウスとグレーのタイトスカートを着た彼女は、会社帰りのОLに見えなくもないが、少し浮世離れした感じがある。


 きれいな、ひとだ。
 自分がしてしまったことにうろたえ、立ちすくんでいる。彼女は取り乱していた。少女をはねてしまった事実に打ちのめされていた。
 自由はその様子を見て醒めてしまった。あなたが取り乱していても、小手毬が治るわけではない。彼女は現に、あなたにはねられてしまったのだから。


 サイレンが間近まで迫り、静かになる。
 救急車と、パトカーが現場に到着し、それぞれ救命措置と実況見分を開始する。小手毬をはねた女性と自由は警察から事情を聞かれることに、そして小手毬は事故現場から一番近いところにある大学病院附属の医療センターへ搬送されることになる。
 やがて、救急隊員の手によって少女は担架に乗せられる。彼らの表情は必死だ。自由は祈ることしかできない。そして。


 すべて、悪夢であると、逃げることしか、できない。


 ――今はまだ、彼女を救えない。
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