劇薬博士の溺愛処方

ささゆき細雪

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はちみつの日番外編

薬用ハチミツにまつわるエチュード(後編)

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   * * *


 箱のなかのハチミツは無事だった。瓶の周りに保護用のビニールクッションが巻かれていたからだ。

「けっこうゴツい音したけど大丈夫だったな」
「開封前だったのが幸いでしたね」

 ソファでくつろぎながらふたりはハチミツの小瓶を見つめる。滋養強壮、唇をはじめとした皮膚の保湿に、と記された箱を一瞥した琉は、「まあこんなもんか」とつまらなそうに呟いて小瓶を手に取る。

「お義父さまに送るのですか」
「まあね、興味があるみたいだからとりあえず薬局で取り扱っているものの方がハズレがないかなって」
「でも、生薬としてのハチミツの効能を求めるなら別に薬局のハチミツじゃなくても天然物なら大丈夫だと思いますよ?」
「そうなのか?」

 キュポ、という小気味良い音とともに瓶がひらき、独特の香りが部屋に漂いだす。
 ティースプーンで一杯掬いとった琉は、楽しそうに説明をつづける妻を見つめている。

「ハチミツの国際定義は『植物の花蜜、植物の生組織上の分泌物、植物の汁液を吸う昆虫が排出する物質からミツバチが集め、物質を変化させ、貯蔵・脱水を経て熟成させた自然のもの』なんです。だから食べやすくするために栄養分となる花粉を取り除いたものや加熱処理したもの、でんぷんなどを加えた加糖ハチミツや脱色や脱臭の処理をした精製ハチミツは薬品にならないので、お義父さまが健康のために継続して摂取するなら天然物に勝るものはな……って聞いてます?」
「うん、これは雑蜜かな」
「そこまでは知りませんよって勝手に何味見しているんですか!」
「俺のためにわざわざ調べてくれたんだね、ハチミツが消化性潰瘍の伝統的な民間薬として知られていることを」
「そうです、イギリスで胃がんの発生率が極めて低いのは天然ハチミツを日々摂取する機会が多いからじゃないかという研究データが……っ?」

 ハチミツを口にしていた琉がふいにこちらを向き、三葉の身体をソファへ押し倒す。ふれあう唇から、とろりとしたハチミツが流れていく……

「蘊蓄は親父に聞かせてやれ。それより薬用とはいえ美味しいよな?」
「んっ、な、甘……っ!」

 口移しでハチミツを飲まされた三葉は薬とは思えない甘味に目を丸くして、琉を見つめる。
 いつの間にか三葉に覆いかぶさりハチミツ味のキスを唇以外の場所にもはじめた琉に、彼女の思考も霧散する。

「天然ハチミツも良いけど、天然な三葉のことも食べたくなっちゃったな」
「……そ、それはいつものことじゃ」
「身体にハチミツ塗ってもいい?」
「生クリームで凝りました!」

 クリスマスにケーキのクリームを裸の胸にこぼされ、それを舐めとられたことを思い出してぶんぶんと首を振れば、琉はニヤリとほくそ笑む。

「口移しだけで満足なの?」
「……満足ですよ?」

 そもそも薬用ハチミツはラブローションじゃない、と三葉が言い返せば、琉はじゃあ、ローション使おうか? とワクワクした表情で問いかける。
 身体中にハチミツを塗られるのと、ローションを塗られるのと、どちらがマシかと考える暇もなく服を脱がされた三葉は、結局彼のハチミツ味のキスに惑わされながら、ヌルヌルローションプレイに興じる羽目に陥るのであった……



“劇薬博士の溺愛処方――はちみつの日番外編・薬用ハチミツにまつわるエチュード”fin.
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