水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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epilogue

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「……だけど驚きました。トンマーゾ様も人が悪いですね」
「それは認めるわ。あたいへの遺産のなかに、何者かわからない人間の家系図が入っていたんだもの。調べて驚いたわ。まさか貴女の……ルクリエンテ公家の系譜をおじいさまが持っていたなんて」

 コンスタンティノープルへ向かう前にエヴァンジェリン妃が戯れに口にしていたことは本当だった。
 ディアーナに託されていた家系図がすべてを示していた。ルクリエンテ公の捺印がされた羊皮紙に、アリーズとブラジウスの名は並んでいるが、血のつながりがあるという記述はどこにもない。養子縁組もされていない。ただ、カリーナの連れ子、とだけ書かれていた。
 エーヴァの両親は近親婚ではなかった。
 兄妹ではなかったのだ。

「トンマーゾおじいさまとエヴァンジェリン妃の間に何があったのかは、あたいもわからなかったわ。ただ、エーヴァをあたいの傍に置いてくれた要因のひとつにはなっていたのかもね」
「ディアーナお嬢様……さらに聡明になられましたね」
「エーヴァ。あたいももうお嬢様って年齢じゃなくてよ? もう、あのときのエーヴァ……はじめてダヴィデと出会った貴女と同い年になったのよ」

 奇しくもディアーナはダヴィデの年の離れた弟、アダムと婚約を結んでいた。十三歳になった彼は、ダヴィデと再会して大粒の涙を流した。それはもう、ディアーナ以上に。

「同じ日に結婚式を挙げたいってねだられたときにはどうしようかと思ったわ。あと一年、十四歳で成人してから、って言い聞かせたけど。あたいもエーヴァと一緒に結婚式挙げたかったな……」

「じゃああとで一緒にするか?」
「ダヴィデ!」

 黒い礼服にマントバウーダというダヴィデの姿は、初めて出逢ったカルネヴァーンのときの悪魔を彷彿させる。彼は幸せの前兆だというオレンジの花の枝をエーヴァに差し出しにやりと笑う。
 差し出されたオレンジの花を受け取り、純白の月下美人は彼の胸へと飛び込み、嬉しそうに笑顔を魅せる。

「素敵ですね! 教会での挙式が終わってから、モチェニーゴ館の薔薇咲く温室でディアーナお嬢様とアダム様も疑似挙式だなんて」
「でもそうしたら本当の結婚式はどうするのよ」
「えっと……練習?」

 きょとん、と首を傾げるエーヴァを見て、愛おしそうにダヴィデが頬ずりをする。ふたりの仲睦まじい様子を見ていたディアーナが見ていられないわと呆れながら一足先に教会へと入っていく。扉の向こうで彼女の姿を見つけたアダムが慌てて捕まえているのが見えた。

「練習なんて言ったら神様に失礼だぞ。こういうときはだな、何度でも本気で挑むんだ。だって俺とエーヴァの愛は……永遠なんだから」

 爽やかな春の日差しとアドリア海の色彩を彷彿させる金髪碧眼のダヴィデと、豊穣の秋月のような亜麻色の髪と銀の瞳を持つエーヴァ。萌黄色のベールで顔を隠した白の花嫁を抱き上げた黒き新郎は、そろそろだぞ、と呟き、軽やかな足取りで式が執り行われる教会の敷居を飛び越えた。

 教会の鐘が鳴る。
 それは待ち望んだ結婚式のはじまりの合図!

「そうですね。ダヴィデ……永遠、に」

 ふいに吹いた強い海風が、エーヴァの被っていたヴェールをふぁさと巻き上げ、蒼穹の彼方へと飛ばしてゆく。
 汐の香りが漂う教会のなかにはドレス姿のイデアにむずかる子どもを抱っこした熊のようなグーリーとマイヤ、そして泣き笑いの表情を浮かべたままのディアーナとアダムのカップルが参列している。ほかにも、エーヴァが侍女としてモチェニーゴ館にいたときに働いていた仲間たちの姿も見えた。当たり前のように、みんなが祝福のために集まってくれていた。

 多くのひとに祝福されながら、ふたりは永遠の愛を誓う。
 一度だけでなく、何度でも、何度でも。
 唯一たったひとつの恋を手に入れた月下美人は、その日の水の都で誰よりも美しく輝き、幸せに満ちている――……


 ――fin.
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