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Ⅹ センサにて
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しおりを挟む美しくて聡明な月の女神。
彼女がいたから自分は兄を失った疵を癒すことができた。でも彼女はどうなのだろう? 果たして自分は彼女に釣りあうだけのちからを持っているのだろうか。
初めて逢った〈海との結婚〉のときのように、彼女を前にすると緊張してしまう。サン・ニコル港で投げ込まれた指輪の行方を必死に追いかけ、漁師の青年が元首へ結婚の許可を求め応じられた姿に感動し、人目をはばかることもしないでボロボロ涙を零していた黄金色の瞳の彼女。歓喜の渦に圧巻されて呆然としている自分の横で楽しそうに父と歓談していた赤毛の彼女。近いうちに兄嫁として彼女が義姉になるのだと……そう思ったとたん、心の中を引き裂かれるような錯覚に陥った。当時十歳の自分にとってそれは初めてのことで、兄のデーヴィットを奪われることに対する嫉妬だと、そう思っていた。
けれど違った。そのときから自分は彼女に恋心を抱いていたのだ。誰からも愛されてやまない水の都の末孫姫に。
「アダム、まだそこにいるの?」
婚約者に声をかけられ、ぎょっとしたアダムは振り向きもせずぽつりと応える。
「いますよ、ディアーナ」
「降りてきなさい! 始まっちゃうよ!」
ゴンドラに揺られて感傷に浸っていたアダムをやすやすと現実に戻した張本人はすらりと伸びた白い腕を差し出し、声を上げる。
十八歳になったディアーナはますます美しさに磨きがかかった。アダムが成人するまで、という条件のため実際に夫婦になるのはまだ猶予があるものの、すでにディアーナはモチェニーゴ館を飛び出しバーヴェッジ商会の商館で商売を学びながら日々逞しく生活している。彼女とともにそろばんを弾く日々はとても充実していて、この先もそうあればいいとアダムは思っている。
だが、それまでに自分は彼女にふさわしい男になれるだろうか?
「ほら、行ってこい」
ゴンドラから引き摺り下ろされ、羽織っていた上着を脱がされ、アダムは下着一枚の姿となって港へ降り立つ。
うじうじ悩む暇はない。ここまで来たら、やるしかないのだ。
「ねぇディアーナ。僕が黄金色の指輪を手に入れたら……」
「手に入れてから言いなさい」
あっさり斬られてアダムは苦笑する。そうだ、彼女はいつだって未来を信じない。大高潮に大好きなふたりと別れて以来。彼女は自分で未来を決めてきた。流されそうになるアダムを捕まえてくれるのは、彼女だけだ。
「わかりました。頑張ります」
アダムはくすりと笑い、ディアーナの頭にぽん、と手を置く。
間もなく元首が祈りの言葉を海へ向かって唱え出す。屈強な男たちに混じり、アダムも揺らめく海面を凝視する。
――そして指輪は投げられた!
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