136 / 146
Ⅹ センサにて
+ 1 +
しおりを挟む栖暦1428年、初夏のヴェネツィアで起きた大高潮は、市民たちの想定を超える死者、行方不明者を出していた。
あれから三年。
遺体があがらない行方不明者の多くが死者として少しずつ受け入れられようとしている。海の藻屑と化した彼らもまた、天国へ召され楽園からいまを生きる人間を滑稽に見守っているのかもしれない。
「……デーヴィットお兄様」
声変わりをしたばかりの少年は、淋しそうに名を紡ぎ、溜め息をつく。
本来ならば彼がバーヴェッジ商会の家督を継ぎ、精力的に活動をしていたであろう。けれどその未来は、アックア・アルタと呼ばれる自然災害によって、あっけなく覆された。
当時十歳だったアダムにとって、それは悪夢のような光景だった。
突然の土砂降りが水路を満たし、満潮を迎えた海の勢いで市街へと放出される姿は、いま思い出してもおぞましい。
けれど高台に避難さえすれば、やり過ごすことは可能なのだ。それでも、アックア・アルタの規模は天候によって左右されるため、知っていると油断した結果、逆に命を失った市民も多数存在している。
そのなかには前元首の末孫姫、ディアーナ・モチェニーゴが幼い頃から実の姉よりも懇意にしていた銀の瞳の侍女も含まれているという。そして、自分の兄、デーヴィットは当時の婚約者の願いで彼女を救けるために離れ、そのまま――……
ふたりの遺体はあがっていない。ディアーナは生きていると信じているようだが、アダムからすれば、現実逃避をしているようにしか見えないでいる。
―――愛する婚約者と侍女をいっぺんに失った悲劇の姫君。
ヴェネツィア市民はそう言って末孫姫の身に降りかかった悲劇を嘆いたし、アダムも彼女に同情したのは事実である。
だが、その二ヶ月後……折しもディアーナとデーヴィットが本来なら結婚式を挙げようと予定していたその日に、彼女はバーヴェッジ商会に単身で乗り込み、アダムに求婚してきたのだ。
当時十歳のアダムに、十五歳の少女が。
兄と結婚するはずだった少女は弟と結婚することに決めたのだと言い放ち、周囲の人間を圧倒させた。そしてそのまま、両家の都合も気にせず、前元首の末孫姫はちゃっかり自分との婚姻を約束させてしまったのである。
もともと市民権欲しさに家柄の良いモチェニーゴ家の娘との結婚を望んでいた両親だ、兄がいなくなったので弟でも構わないという彼女の申し出にありがたく飛びついたのだろう。そしてモチェニーゴ家の方も、バーヴェッジ家が貿易で築き上げた財産を望んでいた。互いの家の利害はデーヴィットがいなくなっても変わらなかったのだ。
結婚はあくまで手続き的なもの。兄に代わって家督を継ぎ、名家の姫君と結婚する事態に陥ったアダムは、混乱しながらも現実を受け入れていく。
なぜなら五つ年上の少女はアダムの初恋の相手だったから。
けれどその気持ちを伝えたことはない。伝えたところでどうせ迷惑に思われるだけだろう。義務感で婚約した五つ年下の伴侶のことなど、兄と結婚するつもりになっていた彼女からしてみれば、恋愛対象にもならないはずだ。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる