水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅸ 月下美人は商人の花嫁

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   * * *


 敵地に設営された仮の施設とは思えない壮麗なスルタンの寝室にお姫様抱っこで連れ込まれたリリは、驚きの表情を浮かべたまま、ムラトの腕をひしっと掴む。
 天蓋つきの豪奢な寝台は黄金をふんだんに使用した台座だ。その上には蒲公英色に染められたふかふかの敷物が、同系色の敷布とともに敷かれている。周囲を隔てる透明感のあるうすぎぬの緞帳も高級な白地白糸刺繍によって作られており、見た目が華麗であるのはもとより、触り心地も良さそうだ。
 リリの腕に巻き付いたままの白い蛇は、紅玉色の瞳をときおり臙脂色に煌めかせながら、訝しげにムラトを観察している。

「その精霊は初夜の床までついてくるのか」

 ムラトが乾いた笑みをこぼせば、白蛇の精霊はしゃあ、と当然のように喚く。
 まあよい、と半ば諦めにも似た表情を見せて、ムラトはそうっとリリを寝台の上へと乗せる。
 ふわりと漂うのは清涼感がありながらもどこか刺激的なローズマリーの香りだ。
 甘ったるい媚薬の香りに辟易していたムラトは、ようやく解放されたとばかりに溜め息をつき、そのままリリの身体を敷布の上へ縫い止める。

「……あ」
「つづきをするぞ。我が花嫁どの」

 紗布にくるまった状態のリリを素早く引き剥がすと、真っ白な裸体が姿を見せる。
 頬を真っ赤にしてムラトを見つめるリリの姿はまさしく穢れを知らぬ無垢な乙女そのもの。怒りに我を忘れたときには気づけなかった自分の失態を思い出し、ムラトは改めて懺悔するようにリリの身体をなぞってゆく。

「くすぐったいです、スルタン様」
「ムラトでいい。おれもお前を白銀の姫君などとは呼ばない。リリアンナ……リリでいいな」
「はい、ムラトさま……」

 媚薬の効果が完全に抜けきったわけではないのだろう、ムラトに触れられただけで、リリの身体は素直に反応し、全身をひくひくと震わせている。
 ムラトは銀の瞳を伏せながら喘ぐリリに猛禽類のような黒い瞳を瞬かせ、ぷくりとした唇に啄むような接吻を贈る。
 広間で強引に責め立てられたときの噛みつくような口づけとは異なる、熟れきった果実を味わうような甘美な接吻に、いつしかリリも溺れてゆく。
 ふたりを静観していた白い蛇の姿は、いつしか消えていた。
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