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Ⅸ 月下美人は商人の花嫁
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虚をつかれたムラトは床に転がったまま不気味な微笑を浮かべるザイードの頭を沓の先で小突き、腹立たしいと小声で毒づく。
「おいザイード、これもお前お得意の計算のうち、とかいうやつか?」
兵士によってぞんざいに身体を起こされたザイードはムラトの悔しそうな表情を見て、溜飲が下がったのか、素直に応える。
「計算も何も……小アジアに指輪がなければ、白蛇は眠りつづけたままだったのですよ。この事態は運良く指輪が持ち込まれたことで精霊が目覚め、守護すべき白銀の姫君を探しだしただけにすぎませぬ。わしはリリアンナがオスマン帝国の国母となればよいと思ったからはじめは彼女を見つけたアフメト皇子に謀反をけしかけ、それが無理だと悟ったからムラト様の元へ先に向かっただけ。断罪覚悟でしたよ」
「……ザイード」
かつての大賢者の開き直った告白に、ムラトとイデアははぁ、と溜め息をつく。
そしてムラトは人目も憚らずに抱き合ったままのエーヴァとダヴィデをどこか羨ましそうに眺めた後、砂漠の指輪を雛鳥のようにその手のなかに包み込んだリリの前へと歩み寄る。
――そして、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「……うそ」
ふたりの声は聞こえなかった。オスマン兵がザイードを改めて拘束し、連れていこうと慌ただしく動き出したから。
けれど、イデアはザイードが満足そうに頷きながら歩きだすのと同時に、ムラトがリリに無体を働いたことを謝罪するのを見ていた。
ふたりの世界に入り込んでいたエーヴァとダヴィデもその様子を見たのだろう、あれだけ痛めつけられていたはずなのにすたすたと歩きだすザイードと、指輪欲しさに必死になってリリに甘い言葉を囁く滑稽なスルタンの姿を交互に見つめ、唖然としている。
何食わぬ顔をして、ザイードはダヴィデにいい取引だったぞと呟く。
「ダヴィデとやら――まさか本当に砂漠の薔薇を持っていたとは……せいぜい愛する亜麻色の月下美人を幸せにするんだな」
もはやわしは生涯檻のなかでも構わぬ、と清々しく気持ちを吐露するザイードを、イデアもまた信じられないと眼を丸くして見つめていた。
「ザイード」
「アフメト様……いや、イデア様。メテオラでのカリーナの活動はいい暇潰しになりましたよ……こうしてふたりの白銀の……月下美人を拝めたのですからな」
「ザイード。そんなこと言わないで、一緒に、メテオラに帰ろう?」
「イデア様のその気持ちだけで充分……わしは反逆罪で死罪も免れぬ身。それに、禁術の反動で寿命も僅かな老いぼれだ。エヴァンジェリン妃によろしくな……」
「ザイード……っ」
まるで自分の代わりに罪を被って兵に連れていかれたザイードを、イデアはじっと凝視する。
こうして祖国を追われて以来、ずっと傍にいた不機嫌な大賢者は、罪人として裁かれる身になったというのに、イデアを置き去りにして、機嫌よく退場していくのだった。
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