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Ⅸ 月下美人は商人の花嫁
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しおりを挟む「――なるほど。事情はわかった。それで本物の偽物の白銀の姫君、などという発言をムラト様は口にされていたのだな。のう、ダヴィデとやら。わしに協力する気はないか?」
「ぁ?」
もともとメテオラで媚薬を使って白銀の姫君を言いなりにさせてしまえ、とイデアをせっついていた色ボケした初老の男、くらいしかダヴィデのなかではろくな印象のないザイードである。
二代前のスルタンのもとで大賢者として仕えていたという情報はあまりにも古く、信憑性が薄い。
だが、実際にダヴィデの前に現れたのは寿命を削る禁術を使ってオスマン兵の身体を乗っ取ったかつての大賢者としてのザイードだった。
「バヤズィト様の気高き魂を引き継いだリリアンナを男をたぶらかす悪しき魔女だと言ったムラト様の誤解をときたい。砂漠の薔薇を白蛇の精霊が持っているというのなら、そう難くはない」
見た目は若い兵士の姿だが、嗄れた声と話の内容から、ダヴィデは彼がほんとうに大賢者ザイードなのだと痛感する。
ザイードいわく、小アジアに存在する白蛇の精霊はもともとオスマンに嫁いできた白銀の姫君を守護していたそうだ。姿を見せるのは特定の人間だけで、王家の人間でも見たことのない者が多いという。一商人でしかないダヴィデが白蛇と触れあうことができたのは、エーヴァから砂漠の薔薇を預かっていたからなのだろう。
だが、白蛇がダヴィデが手にしていた砂漠の薔薇を持って向かったのは果たしてどちらの白銀の姫君の元なのだろう。
ダヴィデはエーヴァだと思っているが、ザイードはリリの方に白蛇がいると考えているようだ。
どっちにしろ、鳥かごの外にでなければ何もできない。そのためにダヴィデは不承不承でもザイードのちからを借りなくては動けないのだ。
「リリアンナの誤解をとき、お前が愛する女が砂漠の薔薇をムラト様に返すというのならば、この鳥かごから出してやる。さぁ、どうする、ダヴィデ?」
鳥かごの鍵を前に差し出され、ダヴィデは素直に応える。エーヴァに見せたことのない、腹黒い表情を称えて。
「いいぜ――商談成立だ」
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