水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅸ 月下美人は商人の花嫁

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 唖然とするダヴィデを前に、それでも色仕掛けしないといけないのよね、だからイデアの媚薬で彼を気持ちよくしてあげられるように頑張らなくちゃとぶつぶつ呟くリリを前に、ダヴィデは苦笑を浮かべる。
 エーヴァとの激しい行為はリリを圧倒させてしまったらしい。すべての男性が女性にそのように振る舞うわけではないが、それでも子を孕ますため、互いを満足させるための手段に変わりはない。
 リリの整った容姿はオスマンの血が入っているからか異国的で、エーヴァの可憐さとはひと味違う魅力がある。おまけに神秘的な銀の髪に銀の瞳だ、本人が隠していたところでその美しさは漏れ出てしまったのだろう。テッサロニキの権力者に求められてしまうだけの要素は充分にある美人だ。オスマンのスルタンの趣味がどのようなものかはわからないが、たいていの男はリリのような女性に迫られたら喜んで一夜を共にするだろう。

 だが、エーヴァを知ってしまったダヴィデはもう、彼女以外抱く気になれなくなってしまった。彼女だから、一緒に口に含んだ媚薬で気持ちを高められても興奮していつまでも行為に耽っていられたのだ。そのことをリリに伝えたところで彼女が理解してくれるとも思えないが……

 互いに昨晩の行為に思いを馳せていたふたりの耳元に、カツンカツンと音が響く。
 ダヴィデとリリは慌てて最敬礼を取り、スルタンの登場を待つ。

「よいよい、堅苦しいことは抜きだ。よく来てくれた、デーヴィット・バーヴェッジ……いや、今はダヴィデ、と名乗っておるのか」
「ご無沙汰しております、ムラト二世」

 にこやかに歓迎するムラトを前に、ぎょっとするリリ。
 ――え、ダヴィデさまってスルタンと面識あったの?

「風の噂で死んだと聞いたが……生きてたんだな」
「デーヴィットは死にました。ここにいるのは彼が持っていたものを放棄したただのダヴィデです」
「じゃあ、はじめましてだな」

 ダヴィデの発言を素直に受け止めたムラトはスルタンらしからぬ黒い装束をしていた。敵国領内だから、念のためおとなしい格好をしているのだろう。
 とはいえ足元の靴だけが黄金色で、どこかちぐはぐしている。
 リリの目線に気づいたのか、ムラトが端正な顔を彼女に向ける。

「その美しき娘が、ルクリエンテの“白銀の姫君”か……」

 澄み切った黒曜石のような瞳に射抜かれ、リリは口をぱくぱくさせたまま、こくりと頷く。
 ダヴィデはふたりの出逢いが好感触であることを悟り、ふうと息を吐く。が。

「――こいつは偽物だな。報告では、“亜麻色”の髪とあったが…」
「そ、それは染めていたからで……」

 慌てて弁解するリリを前に、ムラトがはぁとため息をつく。

「疑わしきは罰せよ、という父上の言葉がある。悪いな、ダヴィデ。その娘も“白銀の姫君”に変わりはないだろうが、おれが求める乙女ではないようだ」
「な」
「どうせ兄上に儲け話の一環として唆されたクチだろ? きみたちを拘束すれば、兄上はどんな反応をするかな? 本物の“白銀の姫君”と交換しろって要求したら、素直に差し出してくれるかな?」

 意地の悪そうな黒い瞳に見眇られ、ダヴィデは無言で睨み返す。その反応を見て、ムラトが嬉しそうに告げる。

「応えろ、ダヴィデ。の“白銀の姫君”はどこにいる?」
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