水の都で月下美人は

ささゆき細雪

文字の大きさ
上 下
100 / 146
Ⅸ 月下美人は商人の花嫁

+ 5 +

しおりを挟む



 みしり、と寝台が軋む音とともに、しゃらん、しゃららん、と鈴の転がる音色が響く。
 夕刻に到着したコンスタンティノープルの港からでてすぐのところにある宿屋の部屋が運よくふたつ取れたと手配してくれたイデアに案内されたエーヴァとダヴィデは、ふたりきりになった途端、部屋の隅に置かれていた寝台の上で戯れに興じる。
 踊り子と彼女を買った商人、というわかりやすい構図は、ふたりきりになりたいときとても便利である。船酔いでくたびれていたイデアはリリと同じ部屋で早めに休むと言っていた。リリはエーヴァに何かあったら呼んでくださいねと微笑んでいたが、心強いダヴィデがいる限り、問題はないだろう。

「ふだんは人が多い町だと聞いていましたが、今日はずいぶん少ないのですね」
「そうだな。お忍びで敵国のスルタンが来ているんだ、物好きでもない限り、こんな時期にコンスタンティノープルへ入る人間は少ないのだろう。まぁ、命知らずな商人は例外だろうが……」

 東ローマ帝国の要の砦、貿易で潤う港町、コンスタンティノープル。ムラト二世によって六年近くオスマン帝国に包囲されているものの、未だ支配下におかれていないのは、先代スルタン、メフメト一世が親東ローマ派だったからといわれている。

「たしか、ルクリエンテももともとは東ローマ帝国と懇意にしていたんですよね……オスマンに寝返るまでは」

 エーヴァの祖母、エヴァンジェリンの言葉を思い出しながら、エーヴァは溜め息をつく。物憂げな表情を浮かべるエーヴァを見て、ダヴィデは小鳥が啄むような接吻を、淡い紅色した唇へ贈る。

「――んっ!」
「けれど、彼らが生きて選択したから、俺はいま、こうして目の前で愛するエーヴァを独り占めできている……そうだろ?」
「ダヴィデ……」

 もしも、などという過去は存在しない。
 ダヴィデが彼女の出生の秘密を知ったところで変えられる現実は何一つないが、そのことで苦しむ彼女を救うことなら可能だと、力強く言葉を紡ぐ。

「エーヴァ。俺の子どもを生んでくれ。瞳の色が何色になろうが、俺は恐れない。子どもの瞳が何色であろうが、幸せにしてやればいい。そうだろう?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...