水の都で月下美人は

Ⅸ 月下美人は商人の花嫁

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「もし、アフメトが白銀の姫君を連れておれの前に現れたら、そのときは嫌でも殺し合わないといけないのだろうなぁ……」

　ザイードが口にしていたように、彼がスルタンの位を求めて白銀の姫君を連れてこの地へやって来るというのならば。
　けれど、ザイードが裏切ることを予測していた人間が、ムラトへ先に報告していたことも事実。そちらでは、白銀の姫君は偽物で、ルクリエンテ公国へ渡したはずの指輪を持っており、現在のスルタンのもとへ返却したいというもっともらしい理由をつけている。使いの人間は口封じに殺してしまったが、詳細をザイードに尋ねたところできっと煙に巻かれてしまうだろう。
　厄介なのは白銀の姫君が本物で、持っている指輪も本物の砂漠の薔薇である場合だ。祖王より言い伝えられている砂漠の薔薇は、銀の瞳の人間の願いを叶え、見返りに瞳の色を奪うという逸話が存在している。もしも姫君がアフメトを玉座に望むと指輪に祈ったら……いや、そのような胡散臭い言い伝えなど眉唾物だ。それに、いまは亡きルクリエンテの姫君が好き好んで故郷を滅ぼした王のもとに会いに来るなどありえないだろう。
　ザイードはほとぼりが冷めたら牢から出し、二度と帝国に近づかないよう追い出せばよい。アフメトとも引き離した方がよいだろう。
　だが、もし砂漠の薔薇とそれを持っているという白銀の姫君が本物で、ムラトのもとへアフメトとともにやって来たら――……

「まったく、とんでもない報告をしてくれたもんだな、エヴァンジェリーナ婆さんよ……！」

　けっけっけ、と遠くで嘲笑っているであろう老女を脳裡に浮かべ、ムラトはうんざりした表情で毒づくのであった。