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Ⅶ 月下美人と砂漠の薔薇
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しおりを挟む「あたしはイデア。マイヤはルクリエンテ公家に仕える一族の生き残りよ。それから、ここは“砂漠の薔薇”って指輪とともに姿を消したアリーズを恨んで、復讐と称して国の再興を狙う活動組織“カリーナ”の隠れ家でもあるの。スルタンに追い出された修道士や東ローマの錬金術師たちはルクリエンテの味方よ。マイヤはいまもどこかで生きているはずの“白銀の姫君”をスルタンのもとへ差し出し、国としての権威を取り戻すためにアテネで宿を開いて情報収集していたんだけど、正直夢物語だと思ったのよね……貴女を見つけるまでは」
「はあ」
「銀髪に銀の瞳の美しい姫君だとばかり思ってたからさ、まさか亜麻色の髪に鉛みたいな色の瞳だとは思わなくて……アリーズから代替わりしていたのね」
イデアの言葉を受けながら、エーヴァは苦笑する。たしかに自分は“白銀の姫君”と呼ばれるような容姿ではない。どうやら亜麻色の髪は父親に似たのだろう。
そこで昨晩エヴァンジェリン妃が口にしていた父親のことを思い出し、表情を暗くする。
――禁忌とされる近親婚によって生まれた可哀想なエヴェリーナ。
ヴェネツィアの織物商人であるビアッジョとルクリエンテから亡命してきたアリーチェの娘だと思っていたエーヴァにとって、その言葉は刃のように鋭かった。
けれど、そのことを知っているのはどうやらエヴァンジェリン妃といまは亡きトンマーゾ・モチェニーゴだけらしい。敬虔なクリスチャンであるディアーナがそのことを知っていたら、エーヴァを傍に置きつづけるなんて愚かな行為に及ぶこともなかったはずだ。
ブラジウスをトスカーナ読みにすればビアッジョに、アリーズもアリーチェに変わる。
そう、デーヴィットとダヴィデのように。
ヴェネツィアの地を離れたものの、異国語に戸惑うことなく今日まで生きていられるのは、外国語に長けたダヴィデが傍にいてくれたからだと思ったが、エヴァンジェリン妃もイデアもギリシャ語ではなく流暢なイタリア語を話している。なぜだろうと首を傾げれば、イデアはたいしたことじゃないわよと笑って教えてくれた。
「1416年にヴェネツィア艦隊がオスマン海軍と戦闘した際に、ちょーっといろいろあってね」
「いろいろ、ですか……」
オスマンとヴェネツィアは捕虜を交換することで講和を成立させ、それ以降諍いを起こすようなことはしていない。十二年前の話なのでエーヴァもよく知らないが、イデアはちょっと前の話よ、と懐かしがっている。見た目は二十代後半の童顔だが、いったいいくつなのだろう……
「あたしの年齢のことは気にしない! トンマーゾ様も亡くなられたし、エヴァンジェリーナ様ももうルクリエンテのことなんかどうでもいいみたいだけど、目の前で毒を飲んで死んでいった家族を見ているマイヤは未だに復讐に燃えてるし、ザイード様も白銀の姫君を頼りに“砂漠の薔薇”を手に入れようと画策しているみたいだし、こっちも一筋縄じゃいかないのよ」
「……いいんですか、わたしにそういうこと話してしまって」
「何も知らされないで陰謀に巻き込まれるよりいいと思って。マイヤの目を覚ますのにちょうどいいかな、と思って勢いで連れ去っちゃいました……ごめんね!」
「いや、そこでごめんねって言われても……どっちにしろ巻き込まれてますし」
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