水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅶ 月下美人と砂漠の薔薇

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   * * *


 父親に手渡されたごつい指輪には、インド産の高級ダイヤモンドが三つも使われていた。
 てっぺんには透明感のあるダイヤモンドがどっしりと据えられており、その両脇をピンクダイヤモンドとブルーダイヤモンドが飾っている。全体には花弁や蔓草を彷彿させる繊細な紋様が刻まれており、裏側にも彫刻されている。

「……これは」
「バヤズィト様がルクリエンテ家に預けた“砂漠の薔薇”だ」

 オスマンの広大な土地には、人間が生活するには過酷な砂漠地帯も存在している。
 けれどもそこに薔薇にも似た鉱石が見つかることがあるのだという。石膏や重晶石と呼ばれる鉱物が砂と一体化し、結晶するもので、標本や置物として使われることがあるそうだが、太陽のひかりに弱く脆いため、ルクリエンテまで持ち出せなかったのだと父は言う。
 そのため、砂漠の薔薇に似せた形状の特別な指輪を用意し、成長したアリーズへ渡すよう、この指輪が預けられたのだと。

「いま、帝国の皇帝位は揺らいでいる状態がつづいている。だが、四人の王子は三人になり、そのうちのひとりはふたりの王子に挟み撃ちにされ窮地に追いやられている。次の王が決まるのも、そう遠いことではないだろう」
「そう、なのですか」

 突然呼び出されたアリーズは父から指輪を手渡され、困惑している。
 政治的な話をされても理解不能な彼女が、なぜ次のスルタンについて父から聞かされているのか。
 ――そしてこの指輪が何を示すのか。

 この屋敷も祖父が東ローマからオスマンへ裏切った途端、西洋風の壁紙を東洋風にしたり、ハーブが咲く庭に豪奢な牡丹を植えだしたり、アナトリアの文化を模した謎めいた陶器の壺や置物が増えたりと、甚だしく変化した。
 ひとつひとつは上質なものでも、こうもごちゃごちゃ並べられると目がちかちかしてしまう。
 どうにかして調和できればいいのにと思っていたアリーズの心の声など気にすることもなく、父は能天気に笑う。

「バヤズィト様は亡くなられたが、約束の指輪は手元にある。お前は殺し合いを終え、勝者となった次のスルタンを慰め、次の皇帝を産む第一の妃となるため、後宮に入って待つのだ」
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