水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅶ 月下美人と砂漠の薔薇

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 アテネから北上をはじめて半日。休憩をはさみながら騾馬での移動は思った以上に時間がかかる。
 エーヴァを奴隷姿にして愛でていた船旅と比べたら、熊のようなグーリーとむさくるしい会話をしながらお尻が痛くなる陸路のなんと不毛なことか。

「ところでグーリーよ。道はこっちであっているのか? ずいぶんと険しい山道に入っているが」
「ああ。暗くなる前に抜けたかったが、無理そうだな……」

 かつてはアクロポリスと呼ばれ、神殿跡や劇場跡などいまもなおあちこちに古代ローマの面影を残すアテネから離れ、オリーブ畑が立ち並ぶ街道から外れ、深い緑の森へとグーリーは騾馬を進め、やがて「今日はここで野宿だ」と苦笑する。
 騾馬を休ませ、彼が用意周到に持ち出した食料を分け合いながら、ダヴィデはグーリーの仮説に耳を傾ける。

「……マイヤがあれだけ素早く行動に移れたのはたまたまイデアがアテネまで下りてきていたからだ。あの怪力女なら、お前の恋人くらい軽々と持ち上げて連れ去ることができるだろうよ」
「イデア?」
「マイヤとつるんでいる幼馴染みたいなものだな。故国ルクリエンテの姫君を恨むマイヤを面白がって酒の肴にするような奴だ。数か月に一回くらい野菜を土産に持ってきて泊めろと宿に顔を出す」
「はぁ」
「彼女はふだん、山間の村で自給自足の生活をしている。もともとルクリエンテの貴族階級の人間だからか、各地の修道院とコネのある人物で、オスマンから逃げ出してきた修道士を匿ってるなんて噂もある。それが本当ならお前の恋人をいったん修道院へ隠すことも可能じゃないか?」
「修道院……そうか」

 オスマン帝国に迫害された修道僧がギリシャの地へ逃げ、山奥の修道院で隠れ暮らしているという話はダヴィデも耳にしている。イデアが彼らの面倒をみているというのならば、女がひとり増えたところで問題もないのだろう。

「もしかしたら無計画なアイツの頭を冷やしているかもしれないな……ただ、どこの修道院に行ったかがわからない。昨晩中にアテネを馬車で出発したとすれば、無理すればメテオラには到着できるか……オシオス・ルカス、メガロ・メテオロン、アギオス・ステファノス……まずは明日は聖ルカス大教会に寄ってからデルフィ遺跡の方に行くか……」

 グーリーはいくつか候補地になりそうな修道院を挙げながらひとりごちる。
 土地勘がまるでないダヴィデは知らない地名をすらすら口にする悪友を尊敬のまなざしで見つめ、呟く。

「熊みたいなくせに計画的だよな、お前」
「熊みたいは余計だ!」


   * * *


 黄金色の月明かりがエーヴァの頭上に降り注ぐ。
 藁が敷き詰められた寝台の上、薬によって眠らされつづけていた彼女が覚醒したのは、石造りのちいさな部屋のなかだった。
 重たい身体にはダヴィデとの情交の痕が色濃く残っているが、薔薇水によって清められているからか、べたべたはしていない。宿の敷布を身体に巻き付けた状態のまま、ずいぶん深く寝入ってしまったようだ。

「……あれ?」

 かすかに葡萄酒の匂いがする。それに、空気が澄みわたっている。それは海が間近にあるヴェネツィアのものとも、砂埃が舞うアテネのものとも違う、冴え冴えとした空気だ。
 いまは夜なのか、ひとの気配がない。たしか、ダヴィデと奴隷の恰好のまま愛し合ってそのまま泥のように眠ってしまった気がするのだが、まだ夜が明けてないのだろうか。いや、それよりも。


「ここは、どこ、ですか?」
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