62 / 146
Ⅶ 月下美人と砂漠の薔薇
+ 4 +
しおりを挟むアテネから北上をはじめて半日。休憩をはさみながら騾馬での移動は思った以上に時間がかかる。
エーヴァを奴隷姿にして愛でていた船旅と比べたら、熊のようなグーリーとむさくるしい会話をしながらお尻が痛くなる陸路のなんと不毛なことか。
「ところでグーリーよ。道はこっちであっているのか? ずいぶんと険しい山道に入っているが」
「ああ。暗くなる前に抜けたかったが、無理そうだな……」
かつてはアクロポリスと呼ばれ、神殿跡や劇場跡などいまもなおあちこちに古代ローマの面影を残すアテネから離れ、オリーブ畑が立ち並ぶ街道から外れ、深い緑の森へとグーリーは騾馬を進め、やがて「今日はここで野宿だ」と苦笑する。
騾馬を休ませ、彼が用意周到に持ち出した食料を分け合いながら、ダヴィデはグーリーの仮説に耳を傾ける。
「……マイヤがあれだけ素早く行動に移れたのはたまたまイデアがアテネまで下りてきていたからだ。あの怪力女なら、お前の恋人くらい軽々と持ち上げて連れ去ることができるだろうよ」
「イデア?」
「マイヤとつるんでいる幼馴染みたいなものだな。故国ルクリエンテの姫君を恨むマイヤを面白がって酒の肴にするような奴だ。数か月に一回くらい野菜を土産に持ってきて泊めろと宿に顔を出す」
「はぁ」
「彼女はふだん、山間の村で自給自足の生活をしている。もともとルクリエンテの貴族階級の人間だからか、各地の修道院とコネのある人物で、オスマンから逃げ出してきた修道士を匿ってるなんて噂もある。それが本当ならお前の恋人をいったん修道院へ隠すことも可能じゃないか?」
「修道院……そうか」
オスマン帝国に迫害された修道僧がギリシャの地へ逃げ、山奥の修道院で隠れ暮らしているという話はダヴィデも耳にしている。イデアが彼らの面倒をみているというのならば、女がひとり増えたところで問題もないのだろう。
「もしかしたら無計画なアイツの頭を冷やしているかもしれないな……ただ、どこの修道院に行ったかがわからない。昨晩中にアテネを馬車で出発したとすれば、無理すればメテオラには到着できるか……オシオス・ルカス、メガロ・メテオロン、アギオス・ステファノス……まずは明日は聖ルカス大教会に寄ってからデルフィ遺跡の方に行くか……」
グーリーはいくつか候補地になりそうな修道院を挙げながらひとりごちる。
土地勘がまるでないダヴィデは知らない地名をすらすら口にする悪友を尊敬のまなざしで見つめ、呟く。
「熊みたいなくせに計画的だよな、お前」
「熊みたいは余計だ!」
* * *
黄金色の月明かりがエーヴァの頭上に降り注ぐ。
藁が敷き詰められた寝台の上、薬によって眠らされつづけていた彼女が覚醒したのは、石造りのちいさな部屋のなかだった。
重たい身体にはダヴィデとの情交の痕が色濃く残っているが、薔薇水によって清められているからか、べたべたはしていない。宿の敷布を身体に巻き付けた状態のまま、ずいぶん深く寝入ってしまったようだ。
「……あれ?」
かすかに葡萄酒の匂いがする。それに、空気が澄みわたっている。それは海が間近にあるヴェネツィアのものとも、砂埃が舞うアテネのものとも違う、冴え冴えとした空気だ。
いまは夜なのか、ひとの気配がない。たしか、ダヴィデと奴隷の恰好のまま愛し合ってそのまま泥のように眠ってしまった気がするのだが、まだ夜が明けてないのだろうか。いや、それよりも。
「ここは、どこ、ですか?」
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる