水の都で月下美人は

ささゆき細雪

文字の大きさ
上 下
59 / 146
Ⅶ 月下美人と砂漠の薔薇

+ 1 +

しおりを挟む



 漁を終えた船が港に到着すれば、待っていたかのように日向ぼっこをしていた猫たちが動き出し、漁師たちからのおこぼれをもらっている。穏やかな潮騒を耳に、潮の香りを鼻に、五感で受けながら猫たちと一緒に日向ぼっこをしていた少女も、船から降りてきた青年を見つけ、駆け出していく。

「お兄様!」
「またこんなところに来たのかい、アリーズ」
「だって、お会いしたかったんですもの」

 十六歳の銀髪に銀の瞳の美少女、アリーズは血のつながらない兄、ブラジウスに抱き着き、満面の笑みを浮かべる。
 亜麻色の髪に緋色がかった赤茶の光彩を持つ彼は、エーゲ海に囲まれたこのルクリエンテで漁師をしている。ブラジウスは魚の臭いがアリーズに移ってしまうと苦笑を浮かべながらも、手袋を外してから、そっと彼女の銀髪を撫でてやる。

 ときは栖暦せいれき1408年。
 ルクリエンテ公国は東ローマ帝国とオスマン帝国に挟まれた海に面した場所に位置している。交易と漁業が主産業であるこの地は十年ほど前まで便宜上東ローマ帝国の支配下に置かれていた。
 かつてはアテネ公国やアカイア公国などの十字軍国家が立ち並んでいたギリシャ地域同様、国としての認知がされていたが、げんざいはオスマン帝国によって属国化され、領地のような扱いを受けている。
 属国化されたとはいえ、ルクリエンテで血が流れたわけではない。アリーズの祖父が東ローマからオスマンに寝返って庇護下に入ったのだ。その際に政略結婚の約束を取り付けたという話も聞いたが、幼かったアリーズはそれが自分のことだとは思ってもいない。死んだ母の妹がアリーズの産まれる直前にオスマンの皇帝――スルタンに見初められて後宮に入ったと聞いたので、それで約束は遂行されたものだと思っていた。

「父上に見つかったら怒られてしまうよ。僕は会えて嬉しいけどね」
「平気よ。お父様はお仕事でお留守ですもの」

 勝気な銀色の瞳は冴え冴えとした月の色のようで、見るものすべてを魅了する。
 当時のスルタン、バヤズィトがその稀有な幼女を欲していたことを知るブラジウスは彼女の瞳から目をそらし、ぽつりと呟く。

「そうだな……アンゴラの戦いの影響か」
「ねえ、ルクリエンテはどうなってしまうの?」

 げんざいオスマン帝国は滅亡の危機に瀕していると言っても過言ではない。
 当代のスルタンであるバヤズィトがティムール朝との戦いに敗れ、拘束された際に自死を選んだからだ。
 西方の領地を奪われ、大打撃を食らったオスマン帝国のスルタン位は空っぽの状態だ。
 東ローマ帝国と近いルクリエンテに戦禍が降りかかることはないだろうが、帝国領となっているルクリエンテを治めている父ファビアヌスの仕事が多忙を極めているのはアリーズの目から見ても明らかだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...