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Ⅶ 月下美人と砂漠の薔薇
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しおりを挟む漁を終えた船が港に到着すれば、待っていたかのように日向ぼっこをしていた猫たちが動き出し、漁師たちからのおこぼれをもらっている。穏やかな潮騒を耳に、潮の香りを鼻に、五感で受けながら猫たちと一緒に日向ぼっこをしていた少女も、船から降りてきた青年を見つけ、駆け出していく。
「お兄様!」
「またこんなところに来たのかい、アリーズ」
「だって、お会いしたかったんですもの」
十六歳の銀髪に銀の瞳の美少女、アリーズは血のつながらない兄、ブラジウスに抱き着き、満面の笑みを浮かべる。
亜麻色の髪に緋色がかった赤茶の光彩を持つ彼は、エーゲ海に囲まれたこのルクリエンテで漁師をしている。ブラジウスは魚の臭いがアリーズに移ってしまうと苦笑を浮かべながらも、手袋を外してから、そっと彼女の銀髪を撫でてやる。
ときは栖暦1408年。
ルクリエンテ公国は東ローマ帝国とオスマン帝国に挟まれた海に面した場所に位置している。交易と漁業が主産業であるこの地は十年ほど前まで便宜上東ローマ帝国の支配下に置かれていた。
かつてはアテネ公国やアカイア公国などの十字軍国家が立ち並んでいたギリシャ地域同様、国としての認知がされていたが、げんざいはオスマン帝国によって属国化され、領地のような扱いを受けている。
属国化されたとはいえ、ルクリエンテで血が流れたわけではない。アリーズの祖父が東ローマからオスマンに寝返って庇護下に入ったのだ。その際に政略結婚の約束を取り付けたという話も聞いたが、幼かったアリーズはそれが自分のことだとは思ってもいない。死んだ母の妹がアリーズの産まれる直前にオスマンの皇帝――スルタンに見初められて後宮に入ったと聞いたので、それで約束は遂行されたものだと思っていた。
「父上に見つかったら怒られてしまうよ。僕は会えて嬉しいけどね」
「平気よ。お父様はお仕事でお留守ですもの」
勝気な銀色の瞳は冴え冴えとした月の色のようで、見るものすべてを魅了する。
当時のスルタン、バヤズィトがその稀有な幼女を欲していたことを知るブラジウスは彼女の瞳から目をそらし、ぽつりと呟く。
「そうだな……アンゴラの戦いの影響か」
「ねえ、ルクリエンテはどうなってしまうの?」
げんざいオスマン帝国は滅亡の危機に瀕していると言っても過言ではない。
当代のスルタンであるバヤズィトがティムール朝との戦いに敗れ、拘束された際に自死を選んだからだ。
西方の領地を奪われ、大打撃を食らったオスマン帝国のスルタン位は空っぽの状態だ。
東ローマ帝国と近いルクリエンテに戦禍が降りかかることはないだろうが、帝国領となっているルクリエンテを治めている父ファビアヌスの仕事が多忙を極めているのはアリーズの目から見ても明らかだった。
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