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Ⅵ 月下美人と奴隷商人
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甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。エーヴァは瞳を見開き鼻をひくつかせるものの、全体的に頭が重くて意識を覚醒させることができずにいる。
瞳を見開くエーヴァの姿をまじまじと見つめたふたりの女性は、互いに顔を見合わせ、静かに頷く。
「――その銀の瞳はルクリエンテ公家の証。生き残りがまだ存在していたなんて」
「銀というより鉛色よ、イデア」
「そうは言っても、マイヤ……ルクリエンテの“白銀の姫君”を彷彿させる容姿に変わりはないわ」
「そうね」
このひとたちは何を喋っているのだろう。
エーヴァは自分の頭上で会話を繰り拡げる女性たちをぽかんと見つめ、何事もなかったかのように瞳をとじる。
「薬が効いている間に連れ出せるかしら」
「ザイード様がいらっしゃるのならば問題ないわ。それに、こんな小汚い小娘ひとりくらい大したことないでしょう」
「小汚いって……向こうに着いて身なりを整えさせたら化けるわよ、この娘」
「イデアがそう言うのならそうかもね」
「ははん。さてはグーリーが色目でも使ってた?」
「まさか。それどころじゃなかったわよ。デーヴィット……彼女を連れてきた大商人の息子が一人占め状態。呆れるわ」
「カケオチ覚悟でここまで来て、まさかはなればなれにさせられるなんて思いもしなかったでしょうね」
クスクス笑いながらイデアは敷布に包まれたエーヴァをひょい、と抱き上げ、荷物のように運んでいく。
身じろぎひとつしないエーヴァを見て、マイヤはふん、と鼻を鳴らす。
イデアの怪力がこんなときに役立つとは思いもしなかった。身長も体重もマイヤとそれほど変わらないくせに。
軽やかに客室から食堂へ降りる階段を進めば、卓の上で大の男ふたりがぐうぐうと気持ちよさそうに鼾を立てている。マイヤが仕込んだ眠り薬の効果が効いているようだ。
「でも、グーリーに黙って行動して良かったの?」
「あのひとはルクリエンテの人間じゃないもの。それに、言ったらぜったい止められるわ……あのひと、熊みたいな見た目のくせに、けっこう臆病なのよ」
「臆病とかそういう問題じゃなくて、常識人なだけでしょ」
それに熊関係ないでしょ、とイデアは夫を貶すマイヤを見て呟く。
ルクリエンテ公家のこととなるとひとが変わるんだから、と心のなかで呆れるイデアに気づいたのか、マイヤはチッと慣れない舌打ちをしている。
「……大商人の息子はおとなしく水の都に帰ればいいのよ。朝になってもぬけの殻になっているのに気づけば、グーリーがどうにかしてくれるはず」
「変なところで信頼してるわよね。逆に追いかけられる可能性は考えてないでしょ」
「人攫いに攫われて国外逃亡されたら見つけ出すのは至難の業よ。わざわざ奴隷階級の女を血眼になって探すとは思わない」
「それもそうね」
「こっちはスルタンを出し抜くために必死なのよ。裏切り者のアリツェに関係ありそうな手掛かりをようやく見つけたんですもの……」
「はいはい」
ぶつくさ言い訳するマイヤをいなし、イデアは宿の外で待機させていた馬車の荷台へエーヴァを転がす。
気持ちよさそうに寝息を立てているエーヴァを睨みつけ、マイヤは御者へ行き先を告げる。
「ザイード様のところへ」
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