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Ⅳ 月下美人と黄金の月神
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しおりを挟む「なに?」
「うねりが変わっている。雨が降れば高潮になる。たぶん、いつものよりおおきい!」
ディアーナの叫ぶ声と同時に、大粒の雨が涙を零したかのように降りはじめる。そのうえ満潮が近い。天候が悪化する都度、大高潮に見舞われるのはヴェネツィアの常だが、このタイミングの悪さで高潮が起こるとなると話は別だ。
ひとまず濡れないようデーヴィットが通りの商店の庇へ彼女を入れるが、ディアーナは落ち着かない様子だ。
「ここにいても海水が侵入してくるから駄目、高台に避難しないと……館も浸水する」
「ディアーナ?」
ぶつぶつ呟くディアーナを不思議そうに見つめていたデーヴィットだったが、雨足が強まるのを見て、彼もまた顔色を変える。
「水が……」
「もうすぐ来る。だからその前にあたいを置いて逃げて!」
「――は?」
ディアーナのいまにも泣きそうな表情を前に、デーヴィットは困惑する。
さきほどまでの自信に満ちた月の女神のような姿はもはや消え、等身大の十五歳の少女に戻っていた。
「今ならアックア・アルタのどさくさにまぎれて姿を消せる……エヴェリーナ、ううん、エーヴァを連れて」
自然が相手なら、体面を改める必要もない。デーヴィットとの結婚を自ら壊す手続きに家族を巻き込まずにすむ……ディアーナはぽつりと零す。そして、首にぶらさげていたエーヴァの母親の形見の指輪を取り出し、彼へ手渡す。
「これは……?」
「エーヴァのお母様の形見の指輪よ。エーヴァに返してあげて」
「な」
――こんな価値のあるものを、エーヴァは持っていたのか!?
金の鎖の先にある指輪もまた、月の色をしていた。石座にはダイヤモンドであろう、おおきな裸石が嵌めこまれており、両側にも淡い紅色と青みがかったダイヤモンドの脇石が一粒ずつ飾られている。裏側にはデーヴィットの知らない国の言葉で文字が刻まれていた。
繊細な加工がされた指輪に魅入るデーヴィットだったが、ディアーナの急かす声で我に却る。
「異国へ逃げればいいのよ。ふたりで」
「……莫迦なことを言うな!」
そんなことをしたら、エーヴァもディアーナの侍女でなくなるのだ。彼女を姉のように慕う姿を見ていたデーヴィットは、いつの間にかディアーナの前から彼女を奪って逃げることに罪悪感を持っていた。
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