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Ⅳ 月下美人と黄金の月神
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しおりを挟む「取引しないか、ダヴィデ」
エーヴァを本気で求めるのなら、それなりの誠意を見せろと暗に告げると、デーヴィットは眉を思いっきり顰めた。訝しんでいるのだろう、彼女が状況によっては婚約を白紙にするという話を受けてもいいと、取引を持ちだしたことに。
「……どういうことだ」
「家督を弟へ譲るのだよ」
簡単なことだろう、とディアーナは呟く。モチェニーゴの人間としてはバーヴェッジ商会が持つ財は手放し難いものだ。長男であるデーヴィットがエーヴァとの婚姻を望むのなら、そのくらいの覚悟が必要だと、ディアーナは彼に迫る。
「エーヴァ・カンポスと結婚しても君たち一族はヴェネツィア市民を名乗ることが可能になるが、モチェニーゴ家の後ろ盾を受けることはできなくなる」
「でも弟はまだ十歳だ」
「あたいは十五だが? 八つ年上の君より、五つ年下の彼のほうが、釣り合いが取れていると思わないか?」
「それでモチェニーゴ家は納得するのか?」
ディアーナを溺愛した前元首はすでに亡い。とはいえ、議会では未だにちからを持つモチェニーゴ家の人間からすれば、彼女が誰と婚姻を結ぶかは重要な案件のはずだ。いくらディアーナの提案で家督を弟に譲り渡したところで、一度確定した結婚相手まで簡単に変えられるものかとデーヴィットは危惧している。
けれどディアーナは平然としている。
「納得させる。あたいがわがまま姫って呼ばれているのはヴェネツィア市民も周知のこと。家の人間だってあたいのわがままがひとつふたつみっつよっつ増えたくらいで動じることはない」
末孫姫の結婚が壊れて家名に傷がつくなど、たいしたことじゃないとディアーナは言い張り、デーヴィットの碧眼を見据える。
自分たちが損さえしなければ、多少の歪には目を瞑るものだ。そうでなければこの混沌の都市ヴェネツィアを統べることなどできるわけがない。
絶句するデーヴィットの前で、ディアーナは淡々とつづける。
「既に仕事を身につけている君なら、バーヴェッジ商会から独立して新たに起業することだって容易いだろう。贅沢な暮しはできないだろうが……エーヴァはそんなこと気にしないよ」
そのなかに本音がぽつりと零れて、デーヴィットは微笑する。
「それで商談は成立するのかい?」
「あたいの条件はそれだけ……」
ふたりが顔を見合わせた瞬間、突風が吹きすさぶ。ツン、と鼻孔に届く潮気にディアーナは顔を河川に向け、顔色を変える。
「――ここから離れた方がいい」
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