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Ⅳ 月下美人と黄金の月神
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しおりを挟む――トンマーゾのおじいちゃま、ディアーナ一生のお願い!
幼い頃、気まぐれで孤児になった珍しい瞳の色の少女を拾った。最初は異国から売られてきた奴隷が逃げ出してきたんだと思った。
けれど彼女は市民権を持つ父がいたことから、あっさり身元を割り出すことができたのだ。
織物商ビアッジョ・カンポスと妻、アリーチェの一人娘、エーヴァ。
それでもディアーナが彼女の詳細を知ることが叶ったのはずいぶんあとのこと。小柄でありながら自分より年上で、母親が東方から逃げ出してきた没落貴族の娘……下手すれば皇族の血統に連なる、自分よりも世界的に歴史ある家が背後に潜んでいたのを知ったのは。
後日、トンマーゾが彼女を正式に雇うと判断した理由もまた、そこにあったのだろう。幼いディアーナは単純に自分のお願いを叶えてくれたのだと思っていたけれど、いま思えば違和感は拭えない。
――トンマーゾのおじいちゃまは、彼女を匿っていたんだ。バルト海の向こうの、高貴なる血を持つ、白銀の瞳の姫君を。
とはいえ、本人は世が世なら自分がディアーナを従える側になっていた可能性を頑なに拒んだものだ。
「お嬢様が気になさることは何一つありません。母方の実家とはとっくに絶縁してますもの。わたしは贅沢とは無縁の、単なる織物商の娘でした。いまは、お嬢様に仕える侍女でしかありません」
なんて言って、正体が露見してからも、彼女は徹底的にディアーナの侍女でいようと必死になっていたから、彼女も諦めたのだ。
ディアーナはネックレスとして肌身離さずつけている彼女から譲り受けたエーヴァの母親の形見である指輪を取り出し、切なそうに撫でる。幼い頃に欲しいと言ったらエーヴァ自身が金の鎖に通してディアーナの首にかけてくれたものだ。あのとき彼女の身分を証明する母親の形見であると知っていたら、欲しいなんて愚かな言葉、口にしなかっただろう。
この指輪があれば、彼女は水の都の外の世界で傅かれて生きていくことだってできるのに。ずっと一緒にいるのだから、お嬢様が持っていても構わないと、そう言って今もなお持たせてくれている。
ふぅ、とため息をついてディアーナは繊細な加工が施された指輪をもとの場所へとそっと戻す。
もし、あのとき強引にでもトンマーゾのおじいちゃまにお会いして、口にできていたら、遺言状に一筆加えてもらえただろうに……
一生のお願いで、彼女にディアーナのもうひとりの“姉”になってもらうことを。
そこまで考えて、ディアーナはぶん、と首を振る。当時の自分はまだ十歳になったばかりだ。考えなしに口走って、臨終間際まで迷惑かけたくない思いの方が強かったはずだ。
だから結局ディアーナは祖父に言えなかった。エーヴァを従兄と結婚させるか、養子縁組で養女に迎えてモチェニーゴ家の一員にしてほしい、などという大それた幻想を。
いま、ディアーナのお願いを困った顔をしながらもなんでも叶えてくれた祖父はもういない。もし生きていたら、今度こそこれが最後の一生のお願いをするのに……
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