水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅲ 月下美人と皮肉な再会

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   * * *


「鉛の毒を持っているのでしょう? 残念だけど」

 ――病気持ちは施設に入れない、得体の知れないものなら病気じゃなくても尚更……

 それはエーヴァが十歳を迎える直前の出来事。両親が相次いで流行病で亡くなり、施設へ連れて行かれるはずだったのに、ほかのひととは違う瞳の色を持っていたせいで、行き場を失ってしまったのだ。
 鉛のような重苦しい色の虹彩。見ている人間をじわじわと憂鬱にさせる遅効性の鉛毒のような双眸。生まれつきの特徴は病気でないと医師に言われていたが、両親ですら気の毒そうに自分を見つめていた。
 自分が傍にいるせいで、不吉だと周りは騒ぎ、両親の交友関係は次第に狭まっていった。いや、今思えばそもそも駆け落ち同然でヴェネツィアへやってきた母親と彼女のために市民権を得た父親に、気心のしれた友人などはじめからいなかったはず……だけど、自分がいなければ、両親は孤立することもなく、病を治すこともできたかもしれないと、幼い日のエーヴァはそればかり考えていた。

 異物は不要と施設へ入ることを断られ失望したエーヴァはいっそのことこの瞳をなくしてしまおうかとさえ思いつめた。鋭利な刃物があればその場でくりぬいてもいい、道端に転がっている木の枝で突いてもいい、だけど本当は怖い。だからそれは最後の手段。
 まずは自力で生きていかなくては。そのためには盗みでもなんでも……

 けれど借家を追い出され、施設から拒否されたエーヴァに世間は冷たかった。初めての掏摸であっさり捕まってしまったのだ。
 忌まわしい泥棒猫め、と役人に突き出され、やっぱりダメだと諦め牢獄へと繋がるため息橋を渡ったそのとき。エーヴァは出逢ったのだ。救いの手を差し伸べてきた思いがけない人物に。


「おじいちゃま。あの女の子、泣いているよ。ねぇ、どうして泣いているの?」


 泣いてなどいないのに、燃えるような赤毛の少女はエーヴァを見て泣いていると断言したのだ。
 とても愛らしい少女だった。エーヴァよりふたつみっつ年齢は幼いだろうが、臙脂色の大人びたドレスをまとい、おじいちゃまと呼んだ老紳士に華麗にエスコートされている。
 罪人を収容するこんな薄汚れた場所で遭遇するような身分の人間ではないと、エーヴァですら理解できる。
 だというのに少女はエーヴァを気にかけ、声をかけてきたのだ。エーヴァが憧れてやまない神々しいまでの黄金色の瞳をのぞかせて。
 そして視線が絡み合った瞬間。

 くぅ。

 と、場をわきまえないエーヴァのお腹が鳴いたのである。

「もしかして、お腹がすいているの?」

 顔を真っ赤にするエーヴァを見て、図星だと判断した少女はにこっと微笑み、隣に立つ祖父に告げる。

「トンマーゾのおじいちゃま。ねぇ、いいでしょう? ディアーナ一生のお願い!」

 ぎょっとする役人と何が起きたのかわからずきょとんとするエーヴァはトンマーゾと呼ばれた老紳士と天使の微笑を浮かべるその孫娘を見比べる。

「――見慣れぬ瞳だな。東ローマ、オスマンの奴隷か? 逃げ出してきたのか?」
「違います! わたしは生まれたときからこの、ヴェネツィアで暮らしていますっ」

 そのときはまだわからなかった。自分の前に立つ老紳士が当時の都市国家ヴェネツィアを統治していた元首、トンマーゾ・モチェニーゴ、そのひとだったなんて。
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