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Ⅱ 月下美人と偽りの初夜
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ダヴィデが泊っている宿の一室は、ボルドー色の家具が所狭しと並んでおり、アンティーク調のベッドだけでなくデスクにチェスト、猫脚がついた白い陶器のバスタブまでひとつの部屋に詰め込まれていた。壁紙は深い緑で葉脈を彷彿させる文様が連なり、まるで森の中に迷い込んでしまったかのようだ。
宿というよりは仕事場のような印象を受けたが、現に彼はここで仕事もしているのだろう、デスクの上には所狭しとさまざまな言語で記された書類や書物が山積している。
ダヴィデに抱きかかえられた状態で建物に入ったエーヴァは、きょろきょろと周囲を見渡し、緞帳越しに窓の向こうから見えるドゥカーレ宮殿の影を見て、自分がそれほど遠くにいるわけではないことを確認して安心する。そんな彼女の様子を心配そうにダヴィデが見つめている。
「――ここまできて帰る、はなしだぞ」
「もう、覚悟は決めました」
壊れ物を大切に取り扱うように、エーヴァの身体はベッドの上へと降ろされた。
そのまま、ダヴィデの逞しい身体が彼女の上へとのしかかる。
「銀の瞳のお嬢さん、夜は長い。何から愉しもうか……まずはその、薄紅色の薔薇のような唇に触れてもいいかな」
エーヴァが頷く前にダヴィデは行動に移していた。
彼に身体を押さえつけられたまま、既に仮面を奪われたエーヴァはされるがままの口づけを受け入れる。
深く、官能を呼び覚ますような口づけを与えられ、エーヴァは瞳を潤ませる。
小鳥が啄むようなキスとはまったく違う、ねっとりと互いの舌先を絡めあうキス。
蜘蛛の銀糸のような涎を分泌させながら、エーヴァはかぁあ、と頬を赤らめ、ダヴィデの海色の瞳を見やる。
「かわいい反応をする」
「ん……だって、初めてのことですから」
彼女のその言葉に、仮面の向こう側の碧い海のような瞳が三日月のように細長くなる。
初めてと恥ずかしがりながら口にする少女はダヴィデが興奮していることに気づいているのだろうか。
ダヴィデは彼女のことを、あえて偽りつづける月の女神の名で呼んで、彼女の本性を引きずり出そうと試みる。
「ディアーナ。俺を最初の男だと言うのかい?」
「ええ。そしてたぶん、最後の男……です」
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