水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅱ 月下美人と偽りの初夜

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   * * *


 暮れなずむ空に舞い上がる閃光、そして奏でられる音楽を背に、エーヴァは人ごみを押しのけながら指定された場所へ急ぐ。白い仮面にフレンチレースが縁取られた生成り色のドレス、お嬢さんバンビーナと呼ばれてもおかしくない、上品かつかわいらしい気取ったスタイルだ。
 悪い男に誑かされないように、精一杯の虚勢を張って。エーヴァは自分から、待っていた青年へ声をかける。

「お待たせいたしました」
「ディアーナ、来てくれたんだね」

 悪魔を彷彿させる黒のマントを羽織り、黄金の仮面で素顔を隠した男性が、偽りの名前を呼ぶ。
 今宵、エーヴァは貴族の娘、ディアーナとして彼に逢う。
 よくよく見ると、ダヴィデと名乗った彼の身のこなしは優雅だ。商館に奉公している下男だというのは嘘だろう。

 だけど、謝肉祭の夜は誰だって詐欺師になる。エーヴァだって名前と素性を騙っているのだ。だから気にすることはないと、エーヴァは心の中でうんと頷き、顔をあげる。

「……なんですかそれは」

 そう思っていた矢先に、ずいと差し出されたのは大きな鉢植えだ。

「贈り物。貢物って言った方がいいかな?」
「何のです?」

 海の色に染められた瞳がエーヴァを真っ直ぐ見つめている。あれ、呆れられている?

「あのな……俺は銀の瞳のお嬢さんに渡そうと持ってきたんだ。わかるか?」
「これを、わたしに?」

 贈り物とか貢物って、こんなにごつかっただろうか? 天へ向かって腕を伸ばしている肉厚の葉が、鉢からにょきっと顔を出している。これは……花の苗?
 エーヴァが首を傾げているのを見て、彼はぼそりと呟く。

「エピフィリウム……こっちの言葉だとなんだ、エピフィラムとかレピスミウムとかいうサボテンの一種だよ。貴重なんだから文句言うな」

 なんだか舌を噛み切りそうな名前だ。けれど、その単語を耳にしてエーヴァは身動ぎする。

 ――偶然よ偶然、エピフィリウムは花の名前で、ひとの名前ではないじゃない。

 不自然なエーヴァに気づくことなく、ダヴィデは自分が抱えている魅惑的な花苗について訥々と語っている。
 彼の話によると、この花苗は、遠い東の国からシルクロードを渡ってやってきた伝説の花だという。商館の主人が貿易商からタダ同然で買い取ったもので、物珍しさから価格だけは高かったものの、胡散臭さの方が勝って買い手がつかなかったのだという。花芽もついておらず葉の状態のまま時間だけが経過してしまっため、彼が処分するという名目で持ちだしてきたらしい。

「邪魔だし金にならないからとっとと捨てろって言われたんだけど、伝説の花を捨てるなんて忍びないだろ?」
「伝説の、花?」
「百年に一回だけ咲く、そんな伝説があるんだ。まぁ、手入れを怠らなければ咲くんじゃないかな? この大きさなら」

 百年に一度、夕方から真夜中にかけて花開く、一夜だけの花。それが、この鉢に植わっている。エーヴァは不思議そうに花苗を見つめ、陶然と呟く。

「……信じられません」
「本当だって。国によっては曇花タンファ、月の下で香るから月下美人なんて呼ばれている。ロマンチックな花だろ?」

 シルクロードの終点、ヴェネツィアに届いた遠き東の国の花。百年に一度咲く伝説とか、月の下で香るとか、たしかにとっても胡散臭い。けれど。

「花言葉は……ただ一度の恋。いまの俺たちにぴったりだと思わない?」

 仮面の向こうから甘く囁かれ、エーヴァは騙されてもいいや、と思ってしまう。
 だから。

「すてきですね」

 微笑み返す。これは今夜限りの、ただ一度の恋だから、と。開き直って。
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