水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅰ カルネヴァーレにて

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 楽器の音色に商人たちの言い合う声が重なり合う。仮面をつけたまま、語り合う男女の姿はどこか滑稽にすら感じられる。悪魔と尼僧が睦まじく抱き合う姿などこの地に来るまで想像したこともなかった。祝祭の夜は尼だって恋をするし、貧乏人だってお金持ちになるらしい。
 だとすると、さっきまで地面にしゃがみこんで淋しそうに溜め息をついていた淑女もまた、貴族の令嬢ではないのだろうか?

 値踏みするような視線に気づいたのか、おもむろに立ち上がり躓いて――倒れ込んできた少女は自分にしがみついている。

 どうやら自分が着ている装束のマントバウーダの裾を誤って踏んでしまったようだ。青年は自分に抱きついてきた少女を見てくすりと笑う。

「あ、ご、ごめんなさいっ!」
「いや。こちらこそ失礼」

 転ばなくてよかった、と思ったものの、エーヴァは咄嗟にしがみついてしまったものが悪魔の装束をした男性だと気づいてパッと手を放す。そんな彼女の初心な仕草を微笑ましく思ったのか、青年は白手袋をつけた手で、彼女のちいさな手を包み込む。

「さっきまでしゃがみこんでいたみたいだけど大丈夫? 気分でも悪いのかい?」

 エーヴァはその言葉を受けて、すべて見られていたのだと悟り、顔を真っ赤にする。
 白い手袋越しに感じる温度は冷たくて、火照った肌には気持ちが良い。
 これが夢ではなくて現実であることを証明させてくれるような温度だなとエーヴァは場違いなことを思いながら必死になって言い訳を探し、俯いたまま言葉を返す。

「……だ、大丈夫です、ちょっとひとに酔っただけですからっ」
「じゃあ、顔をあげて。今日はお祭りだ。他の人間と瞳の色が違うからって、俺は差別なんかしないぞ?」
「……!」

 どうしてわかってしまったのだろう。
 エーヴァは驚いて思わず顔をあげてしまう。

 劣等感を抱かせる風変わりな鉛色の双眸が捉えたのは、長身の青年の海色の瞳だ。黄金の仮面の奥深くで、まるでアドリア海を彷彿させる鮮やかな碧眼が、興味深そうにエーヴァを覗き込んでいる。
 お互い仮面越しだから、瞳と瞳でしか語り合うことが許されない、そんな風に考えているのだろうか。エーヴァはぷいっと顔を背け、その場から離れようとする。
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