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Ⅰ カルネヴァーレにて
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しおりを挟む慣れない裾の長いドレスは走るのに不向きだなと、今になって痛感する。
それでもエーヴァは裾をたくし上げ、石畳を叩きつけるように走る、走る。
「ちょっとイヴ? どこいっちゃったのよ!」
祭りが始まってすでに三時間。開き直ったエーヴァは今日だけ貴族令嬢ディアーナに扮して謝肉祭に臨むことを決意した。ふだんとは異なる高飛車な侍女の姿に主も面白がって調子を合わせてくれていた。
が。
その主とはぐれてしまった。
「……こんなに盛大な謝肉祭初めてで、どこ行けばいいかわかんないんだけど?」
文句を言おうにも、言うべき対象がそこにいないため、言葉もつい尻すぼみになってしまう。
初春の冷たい夜風が肌を震わせる。ずいぶんと夜も更けてきたが、今日はお祭りだからと街の子どもたちも未だ着飾った姿で広場に集い、楽しそうに踊ったり歌ったりして、大人と一緒になって参加している。
ディアーナもまだ「花売り娘のイヴ」としてその辺で無邪気に踊っていることだろう。侍女とはぐれたからといって泣きごとを言うなんてことはとてもじゃないが考えられない。
むしろ泣きたいのはこっちの方だとエーヴァは苦笑を浮かべる。
生まれたころから権力者の一族としてヴェネツィアの隅から隅をまるで自分の庭のように知っているディアーナと違い、ここ数年、買い物以外の用途で滅多に外出を許されなかったエーヴァはメインストリートから脇にでるとすぐに迷ってしまうのだ。
「……お嬢様」
道に迷った不安もあいまって、いまの自分の恰好がお嬢様そのものであるにもかかわらず、つい主のことを考えてしまう。
「わたしにお嬢様の大役は、やっぱり務まりませんよ……」
いくら仮装だから誰も気にしないと言われても、ひとりでいるとこの姿が場違いのように感じられる。華やかなドレスと金銀に煌めくアクセサリーは自分には似合わないし、自分がこのように着飾っていたって、誰も見向きもしない。お高くとまった貴族令嬢は多くのひとを魅了しながら従えて、ともに街を踊り歩くものなのに……自分はいつもディアーナが当たり前のようにしている雅やかな仕草を真似できない。
夜空の下、エメラルドグリーンのドレスが、くすんだ灰色に見えてしまう。
自分が着たからそう見えるだけで、生れながらの美貌と気品を持つディアーナが着たら綺麗に映えるんだろうなあとは思う、けれど。
夜空に咲きつづける艶やかな花火を前にして、エーヴァはその場に立ち尽くす。
周囲で奏でられる歌声や屋台で起きた喧嘩寸前の騒ぎ声、踊りに興じるひとびとの不規則なリズムを刻んだ足さばき、エーヴァをとりまく音を花火は一瞬でかき消していく。
大輪の花々は天空へ弾き飛ばされ、一瞬を彩った後、死に絶えた星のように地へと流れ墜落していく。
花火の終わりを看取るように、エーヴァもまた、地面にしゃがみ込む。ドレスが汚れるのも厭わず、ぽつり、呟きながら。
「今夜だけ……なのに」
ディアーナは今夜だけ自分をお嬢様だと思え、お姫様のようにふるまえと指示を与えた。エーヴァもそれに応えようと、頑張った。
けれど黄金の月神のように眩しいディアーナがいないと、重苦しい鉛のような自分の存在価値はひとつもないのだ。お嬢様のように簡単に身分をひっくり返して踊り明かすことのむずかしさを、今になって思い知る。
輝かしいお嬢様に代わるなんて無謀だったのだとうなだれて、エーヴァははあと長い溜め息をつき、美しい夜空を見上げる。
花火の打ち上げはまだつづいている。おおきな打ち上げの音と、爆発するように花開く七色の光。真珠の粉をまぶしたようにちらちら瞬く薄桃色に縁取られた花火を遠くに感じながら、とりあえず広場に戻ろうとエーヴァが立ち上がれば、地面に垂れていた黒い布に足が絡まり、つるりと滑る。
「あっ……!」
いけない、と思ったときには既にエーヴァの身体は傾いていた。
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