水の都で月下美人は

ささゆき細雪

文字の大きさ
上 下
4 / 146
Ⅰ カルネヴァーレにて

+ 2 +

しおりを挟む
 今日のディアーナは質素で薄汚い枯れ葉色のエプロンドレスで街の花売り娘のように装っている。顔には丁寧に泥までつける念の入れようだ。
 どうにも普段だったらまずできない格好に満足しているようで、「あちき、花売り娘のイヴよん!」などとエーヴァの異国語ラテン読みである偽名を名乗っては、しきりとはしたない言葉を口にしている。
 そのうえ、このままだと踊りづらいからとエプロンドレスのスカートもたくし上げ、ちらちらと太ももを露出させて街中を闊歩していく。彼女を知る人間がこの姿を見たら、あまりにも下品な変身ぶりに落胆して卒倒してしまうに違いない。
 白い肌を夜の闇に浮かび上がらせはしゃぐディアーナに反して、エーヴァはヒヤヒヤしながら彼女のあとを追う。

 彼女の侍女であるエーヴァは逆に、ディアーナに与えられた青白い羽で縁取られたエメラルドグリーンのドレスを着せられ、これまた羽だらけの白い仮面を持たされ貴族令嬢のような化粧を施されてしまっている。
 できあがりを見てエーヴァは「こちらはどなた様でしょう?」とあたふたしてしまったのだが、主のディアーナは満足げに頷くだけで、「今日はエーヴァがディアーナ・モチェニーゴね」とまで言いだし、渋々彼女の身代わりを引き受けることになってしまったのである。

「仕方ありませんわ……お嬢様の一生のお願い・・・・・・ですもの」

 十八歳のエーヴァは自分より年下の主がときおり懇願する何度目かの一生のお願いを真面目に受けて、初めての夜遊びを繰り広げることになったのである。

 ――だけど自分に貴族令嬢などという大それた役割がつとまるのでしょうか?

 目の前で花売り娘に興じている彼女はこのヴェネツィアを牛耳っていた前元首トンマーゾ・モチェニーゴの末孫姫すえまごひめ、ディアーナ・モチェニーゴ。エーヴァにとって主である彼女は月の女神ディアーナという名の通り、手を伸ばしても触れられない高貴な少女なのだ。

 だが、そんなエーヴァの心配を気にすることもなくディアーナはひとりで謝肉祭を堪能している。もともと好奇心旺盛で社交的な彼女のこと、この環境にも素早く適応してしまったようだ。
 だからエーヴァが浮かない顔をして身動きできずにいたらきっとディアーナに悲しい顔をさせてしまう。自分ばかりが楽しい思いをしているという負い目をなくすためにも、ここはお嬢様の言うとおり、華麗に貴族令嬢を演じた方がいい。

 よし! わたしも頑張る! と両手を握って気合を入れているエーヴァを見て、ディアーナはふたたびケラケラ笑う。

「お嬢様、令嬢たるもの、そのように気合いを入れたりはしなくてよ?」
「あら失礼、つい地がでてきちゃったわ」

 うふふ、とほくそ笑むエーヴァを見て、ディアーナは嬉しそうに声を上げる。

「ようこそ、サン・マルコ広場ピアッツァへ!」
 今宵は謝肉祭。
 貴族が農民になったり富豪が貧民になったり天使が悪魔になったりするこの水の都ヴェネツィアで、楽しい夜のひとときを……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...