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Ⅰ カルネヴァーレにて
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今日のディアーナは質素で薄汚い枯れ葉色のエプロンドレスで街の花売り娘のように装っている。顔には丁寧に泥までつける念の入れようだ。
どうにも普段だったらまずできない格好に満足しているようで、「あちき、花売り娘のイヴよん!」などとエーヴァの異国語読みである偽名を名乗っては、しきりとはしたない言葉を口にしている。
そのうえ、このままだと踊りづらいからとエプロンドレスのスカートもたくし上げ、ちらちらと太ももを露出させて街中を闊歩していく。彼女を知る人間がこの姿を見たら、あまりにも下品な変身ぶりに落胆して卒倒してしまうに違いない。
白い肌を夜の闇に浮かび上がらせはしゃぐディアーナに反して、エーヴァはヒヤヒヤしながら彼女のあとを追う。
彼女の侍女であるエーヴァは逆に、ディアーナに与えられた青白い羽で縁取られたエメラルドグリーンのドレスを着せられ、これまた羽だらけの白い仮面を持たされ貴族令嬢のような化粧を施されてしまっている。
できあがりを見てエーヴァは「こちらはどなた様でしょう?」とあたふたしてしまったのだが、主のディアーナは満足げに頷くだけで、「今日はエーヴァがディアーナ・モチェニーゴね」とまで言いだし、渋々彼女の身代わりを引き受けることになってしまったのである。
「仕方ありませんわ……お嬢様の一生のお願いですもの」
十八歳のエーヴァは自分より年下の主がときおり懇願する何度目かの一生のお願いを真面目に受けて、初めての夜遊びを繰り広げることになったのである。
――だけど自分に貴族令嬢などという大それた役割がつとまるのでしょうか?
目の前で花売り娘に興じている彼女はこのヴェネツィアを牛耳っていた前元首トンマーゾ・モチェニーゴの末孫姫、ディアーナ・モチェニーゴ。エーヴァにとって主である彼女は月の女神という名の通り、手を伸ばしても触れられない高貴な少女なのだ。
だが、そんなエーヴァの心配を気にすることもなくディアーナはひとりで謝肉祭を堪能している。もともと好奇心旺盛で社交的な彼女のこと、この環境にも素早く適応してしまったようだ。
だからエーヴァが浮かない顔をして身動きできずにいたらきっとディアーナに悲しい顔をさせてしまう。自分ばかりが楽しい思いをしているという負い目をなくすためにも、ここはお嬢様の言うとおり、華麗に貴族令嬢を演じた方がいい。
よし! わたしも頑張る! と両手を握って気合を入れているエーヴァを見て、ディアーナはふたたびケラケラ笑う。
「お嬢様、令嬢たるもの、そのように気合いを入れたりはしなくてよ?」
「あら失礼、つい地がでてきちゃったわ」
うふふ、とほくそ笑むエーヴァを見て、ディアーナは嬉しそうに声を上げる。
「ようこそ、サン・マルコ広場へ!」
今宵は謝肉祭。
貴族が農民になったり富豪が貧民になったり天使が悪魔になったりするこの水の都ヴェネツィアで、楽しい夜のひとときを……
どうにも普段だったらまずできない格好に満足しているようで、「あちき、花売り娘のイヴよん!」などとエーヴァの異国語読みである偽名を名乗っては、しきりとはしたない言葉を口にしている。
そのうえ、このままだと踊りづらいからとエプロンドレスのスカートもたくし上げ、ちらちらと太ももを露出させて街中を闊歩していく。彼女を知る人間がこの姿を見たら、あまりにも下品な変身ぶりに落胆して卒倒してしまうに違いない。
白い肌を夜の闇に浮かび上がらせはしゃぐディアーナに反して、エーヴァはヒヤヒヤしながら彼女のあとを追う。
彼女の侍女であるエーヴァは逆に、ディアーナに与えられた青白い羽で縁取られたエメラルドグリーンのドレスを着せられ、これまた羽だらけの白い仮面を持たされ貴族令嬢のような化粧を施されてしまっている。
できあがりを見てエーヴァは「こちらはどなた様でしょう?」とあたふたしてしまったのだが、主のディアーナは満足げに頷くだけで、「今日はエーヴァがディアーナ・モチェニーゴね」とまで言いだし、渋々彼女の身代わりを引き受けることになってしまったのである。
「仕方ありませんわ……お嬢様の一生のお願いですもの」
十八歳のエーヴァは自分より年下の主がときおり懇願する何度目かの一生のお願いを真面目に受けて、初めての夜遊びを繰り広げることになったのである。
――だけど自分に貴族令嬢などという大それた役割がつとまるのでしょうか?
目の前で花売り娘に興じている彼女はこのヴェネツィアを牛耳っていた前元首トンマーゾ・モチェニーゴの末孫姫、ディアーナ・モチェニーゴ。エーヴァにとって主である彼女は月の女神という名の通り、手を伸ばしても触れられない高貴な少女なのだ。
だが、そんなエーヴァの心配を気にすることもなくディアーナはひとりで謝肉祭を堪能している。もともと好奇心旺盛で社交的な彼女のこと、この環境にも素早く適応してしまったようだ。
だからエーヴァが浮かない顔をして身動きできずにいたらきっとディアーナに悲しい顔をさせてしまう。自分ばかりが楽しい思いをしているという負い目をなくすためにも、ここはお嬢様の言うとおり、華麗に貴族令嬢を演じた方がいい。
よし! わたしも頑張る! と両手を握って気合を入れているエーヴァを見て、ディアーナはふたたびケラケラ笑う。
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「あら失礼、つい地がでてきちゃったわ」
うふふ、とほくそ笑むエーヴァを見て、ディアーナは嬉しそうに声を上げる。
「ようこそ、サン・マルコ広場へ!」
今宵は謝肉祭。
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