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Ⅰ カルネヴァーレにて
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冬のおわりの暗闇を照らすおおきな花火がひとつ、ふたつ、みっつと舞い上がり、散っていく。
「きれいですねぇ……ひゃあっ」
白い息をはきながら上空に見とれていたエーヴァは自分が仕えている主と離れ離れになったことに気づかぬまま、人ごみに押され、流されていく。
まるでこの水の都に流れる大運河カナル・グランデを泳ぐようにゆるやかに。
「あれ? お嬢様?」
――そして流された先で、彼女は許されざる恋に、堕ちる。
* * *
謝肉祭。
それはキリストの復活を祝い、春の訪れを喜ぶ復活祭に先駆けて行われる四旬節《クアドラジェジマ》を慎ましく過ごすために世界各地で行われている一週間のどんちゃん騒ぎ。
けれどこの水の都ヴェネツィアではクリスマスの翌日から四旬節に入るまで、飽きることなく続けられている。
時は栖暦一四二八年。
現在の首元であるフランチェスコ・フォスカリが、マクロディオでミラノ公国軍相手に勝利を遂げた際、西へ版図を拡げることに貢献した新将軍カルマニョーラのためにと催した今回の祝福の宴は、まるで連日行われている謝肉祭の盛り上がりに便乗するかのように多くの民衆を広場へ呼び寄せることとなったのだ。
いつも屋敷で留守を任されている少女、エーヴァも今日は主のディアーナに連れられ、仮装をして祭見物に訪れている。
仮面で顔を隠し、名前と身分を偽って、大勢の人間がこの特別な一夜に戯れている。それを見て、ディアーナはケラケラ笑う。貴族の上品な笑い方とは異なる、十五歳のお嬢ちゃんそのものの溌剌とした笑い方で。
「まるで世界が酔っ払っているみたい!」
自分はお酒も飲んでいないし、冷静なつもりでいるけれど、今日ばかりはそうも言っていられないと言う主に対して、エーヴァもくすくす笑いながら応える。
「本当ですね、お嬢様」
「もう、エーヴァったら! 今日のあちきはお嬢様でもなんでもないの、市井にいるただのお嬢ちゃんなの! 今はエーヴァの方が貴族令嬢なんだからね、もっと偉そうにしていていいのよ!」
「ですが、お嬢様の傍にいるとどうしても普段の行いがでてきて……」
エーヴァの弁解を遮って、ディアーナはぷりぷり怒りだす。
「だからそうじゃないの! あちきはいまの時点では傍で侍られる対象じゃないんよ。むしろエーヴァがあちきに向かって敬語なんか使わないで好き勝手わがまま三昧して構わないの。せっかくのカルネヴァーレだってのにこれじゃあ拍子抜けしちゃうじゃない!」
「そういうものでしょうか?」
あくまでおっとりした口調のエーヴァに、ディアーナは「そういうものなの!」と怒鳴りつけ、呆れながらも彼女のあかぎれだらけの手を取り、街の中心部へ連れていく。
「きれいですねぇ……ひゃあっ」
白い息をはきながら上空に見とれていたエーヴァは自分が仕えている主と離れ離れになったことに気づかぬまま、人ごみに押され、流されていく。
まるでこの水の都に流れる大運河カナル・グランデを泳ぐようにゆるやかに。
「あれ? お嬢様?」
――そして流された先で、彼女は許されざる恋に、堕ちる。
* * *
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「まるで世界が酔っ払っているみたい!」
自分はお酒も飲んでいないし、冷静なつもりでいるけれど、今日ばかりはそうも言っていられないと言う主に対して、エーヴァもくすくす笑いながら応える。
「本当ですね、お嬢様」
「もう、エーヴァったら! 今日のあちきはお嬢様でもなんでもないの、市井にいるただのお嬢ちゃんなの! 今はエーヴァの方が貴族令嬢なんだからね、もっと偉そうにしていていいのよ!」
「ですが、お嬢様の傍にいるとどうしても普段の行いがでてきて……」
エーヴァの弁解を遮って、ディアーナはぷりぷり怒りだす。
「だからそうじゃないの! あちきはいまの時点では傍で侍られる対象じゃないんよ。むしろエーヴァがあちきに向かって敬語なんか使わないで好き勝手わがまま三昧して構わないの。せっかくのカルネヴァーレだってのにこれじゃあ拍子抜けしちゃうじゃない!」
「そういうものでしょうか?」
あくまでおっとりした口調のエーヴァに、ディアーナは「そういうものなの!」と怒鳴りつけ、呆れながらも彼女のあかぎれだらけの手を取り、街の中心部へ連れていく。
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