33 / 34
畢 その二
しおりを挟む胎の子は男児だった。決まりきっていたことのように頼朝は憎き異母弟の息子を由比ヶ浜へ沈めた。
それ以来、禅の口数は減った。
まるで亡霊のようだと浅葱に言われようが、反論する気にもなれない。
自分もこのまま義経に会えないまま、頼朝に殺されるんだろうかと漠然とした不安を抱えたまま、禅は過去を懐かしみながら日々を過ごしていた。
だが、頼朝も過去しか語らない禅の処遇に困っていたようだ。
「あたしがふたりいること、御方様はご存知でした?」
いつぞやのように同じ名前を持つ義経の正妻のことを楽しそうに口にする禅を見ても、頼朝は無表情で黙り込んだままだ。
「……河越の娘のことだな」
ようやく口にしたのは、名前ではなく地名。
「彼女は面白い子よ。義経とお似合いで」
愛するひとの名を懐かしそうに口にしながら、禅は頼朝の表情を観察する。
「……おかしな女だ」
少女は瞬く間に成長し、愛するひととともに羽ばたく蝶となった。頼朝にとって計算高い静が窮地に陥った義経を最後まで見捨てなかったのは誤算だったのだろう。
禅は垣間見えた頼朝の苦い顔を無視して、童女のように無邪気に問う。
「義経は、ここには来ない?」
「だろうな」
義経は来ない。
ここにいる禅が来ないでと拒み、願ったのだから。
「……お前も助け出されるのを待ちわびる姫君とは違うのだろ?」
「そ、待ってなんかやらないの」
頼朝の皮肉を無視して、禅はかつてのように勝気な瞳をきらきら輝かせて、挑むように射る。自分がなぜここにいるのか。義経の子を失ったいま、自分は頼朝にとって無害な存在に、亡霊でしかない存在になった。
禅はひとりだ。
「思い知った? もう亡霊でしかないあたしを、いつまでもここに縛りつけておいても仕方ないってこと」
「ああ。もう必要ない。すきな処へ行け」
頼朝のあっさりした応えを、禅は当然のように受け入れる。
4
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる