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畢 その二

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 胎の子は男児だった。決まりきっていたことのように頼朝は憎き異母弟の息子を由比ヶ浜へ沈めた。
 それ以来、禅の口数は減った。
 まるで亡霊のようだと浅葱に言われようが、反論する気にもなれない。
 自分もこのまま義経に会えないまま、頼朝に殺されるんだろうかと漠然とした不安を抱えたまま、禅は過去を懐かしみながら日々を過ごしていた。
 だが、頼朝も過去しか語らない禅の処遇に困っていたようだ。

「あたしがふたりいること、御方様はご存知でした?」

 いつぞやのように同じ名前を持つ義経の正妻のことを楽しそうに口にする禅を見ても、頼朝は無表情で黙り込んだままだ。

「……河越の娘のことだな」

 ようやく口にしたのは、名前ではなく地名。

「彼女は面白い子よ。義経とお似合いで」

 愛するひとの名を懐かしそうに口にしながら、禅は頼朝の表情を観察する。

「……おかしな女だ」

 少女は瞬く間に成長し、愛するひととともに羽ばたく蝶となった。頼朝にとって計算高い静が窮地に陥った義経を最後まで見捨てなかったのは誤算だったのだろう。
 禅は垣間見えた頼朝の苦い顔を無視して、童女のように無邪気に問う。

「義経は、ここには来ない?」
「だろうな」

 義経は来ない。
 ここにいる禅が来ないでと拒み、願ったのだから。

「……お前も助け出されるのを待ちわびる姫君とは違うのだろ?」
「そ、待ってなんかやらないの」

 頼朝の皮肉を無視して、禅はかつてのように勝気な瞳をきらきら輝かせて、挑むように射る。自分がなぜここにいるのか。義経の子を失ったいま、自分は頼朝にとって無害な存在に、亡霊でしかない存在になった。
 禅はひとりだ。

「思い知った? もう亡霊でしかないあたしを、いつまでもここに縛りつけておいても仕方ないってこと」
「ああ。もう必要ない。すきな処へ行け」

 頼朝のあっさりした応えを、禅は当然のように受け入れる。
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