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断章
しおりを挟む「あたしならひとりで生きていける」
それは強がりでも偽りでもない本心。
禅は義経に差し出された手を取らず、その手を静に差し出せと優しく告げる。
ずっと傍に彼女がいてくれると思ったから義経はここまで来られたと思っていた。
けれど禅はそうではないと否定する。
義経にとって禅は最初から手を伸ばしても触れられない月星のような女性だったのだろうか。
「だって」
彼方には、静がいるでしょう?
静は義経がいないときっと、生きていけない。
でも禅はひとりでも生きていける。
それが応えだとやんわり告げ、背を向ける。
そんなことないと義経は反論しようとするが、その背中はもう、彼からはなれた場所へ躊躇いもなく進んでいく。
雪降る吉野山を、禅は舞うようにくだっていく。
まるでひとりではないみたいに。
その先に、待ち人がいるかのように、季節はずれの蝶のように、軽やかに、旅立っていく。
追いかけることを禅は望まない。彼女は死に行ったわけではない。
同じ名前の少女のために、危険を承知でひとり生きることを選び、義経の手を退けたのだから。
項垂れてしまった義経に降りかかるのは、愛しいひとの、別れの言葉。
「静のこと、頼んだわね。義経サマ」
何も言わずに姿を消すのは彼女を深く傷つけることだと、わかっていながら禅はそうした。
あとは義経に任せればいい。
彼はたしかにしょうもない男だけど、とても面倒見のよい男だから。
静の寝顔を見降ろして、禅は微笑を浮かべる。
秀足が消えた朝、三人で激しく性の交歓をしていたことがまるで昨日のことのようだ。
性交渉のときだけに魅せる、静の妖しげで美しい姿は、舞い人である禅ですら羨ましいほどに、素晴らしかった。
義経によって少女から女性へと開拓された無垢でありながら妖艶な静。
これまでも、これからも彼女が乱れるのは、夫である義経の前だけ。
そうあってほしいと願うから、禅は姿を消すことを選んだのだ。
「いつか」
小声で呟いた言霊は、空気中へ溶けて消える。
禅は眠っている静の額へそっと口づけて、満足そうに頷く。
「……さよなら」
禅は自分の腹部に手をあてながら、困ったように、名残惜しそうに歩き出す。
――義経が泣きそうな顔をしているのに気づかないふりをして。
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