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参 その七
しおりを挟む血の匂いは身体を奮い立たせる作用でもあるのか、義経はいつもより激しい。
禅は嫉妬しただろうか。それとも安堵しただろうか。
静に初潮が訪れたことで、義経は彼女を本来の意味で妻として迎えた。
すこし待たせてしまった気がするが、静はようやく自分が義経の役に立てると安心した。
自分の父親を見殺しにしてまで彼の傍にいるのは、甘い罪悪感さえ伴う。
彼は鎌倉の覇者が警戒する唯一の相手。
血を分けているというのに彼が義経と向き合うのは臣下としてのみ。
そして彼が平家を滅亡させた折に勝手に生き残りの姫君に手を出したり朝廷の法皇から無断で官位をいただいたりしたことで頼朝の逆鱗に触れ、ついに鎌倉と訣別させられてしまった。
――義経さまは、愚かで、愛らしい。
義経は頼朝に裏切られたと感じたのだろう、その日から法皇のもとへ何度も出向くようになり、彼は朝敵で討たねばならぬ存在だと訴えるようになった。
彼を野放しにしてはいけないと、そのうち鎌倉だけでは物足りなくなった頼朝が京都を攻めてくる、だからその前に討つ必要があると、滑稽なくらい必死になって、院宣を手に入れようとしている。
静から見て、義経は自棄になっているのだと思えた。
兄にいらないと言われ、存在意義を失った彼は、刺客を手加減することなく皆殺しにしている……生け捕りにすればいいものを。
そんなことばかりしてるから誰からも相手にされなくなってしまうのだ。
法皇だって面白がっているだけで義経のために何かしてあげようなどと親切心を働かせているわけではない。
頼朝と義経が喧嘩して互いに自滅するのを虎視眈々と狙っているだけだというのに……
けれど血の味がする接吻を何度も繰り返していくうちに静は考え事を放棄する。
陶酔した胸中で、いまさら陰謀も何もない。
快楽の波に身を委ね、彼を感じるうちに、すべてがどうでもよくなっていく。
要するに、彼なりに必死なのだ。
はじめての夜に彼が告げた事情も、関係しているのかもしれない。
『先に言っておく。俺には子種がないみたいだ』
たくさんの女性を抱いた義経。
数えきれないほどの女性と関係を持ち、欲望に導かれるままに子種を胎へ蒔いた。
それでも誰も孕まない。石女とばかり関係を持っているからかとも考えたが、違う男と恋仲になった女たちはすぐに身ごもり義経から離れていく。
いっときの快楽を得ることはできても、その血を後世へ残すことができずにいる義経は焦っているようにも見えた。
『けれど、こうして求めていれば、いつか……』
自分が不能であることを義経は認めていない。
だから必要以上に女性を求め、精力的に動くのだ。
滑稽でありながら、切ない夫の事情を静は受け入れた。
――それでもかまいません。
その夜から静は義経の妻として、身を捧げるようになった。
静の身体に縋りついて、愛を貪る夫の姿はまるで、見えない神仏へ救いを求めているようでもある。
……だから禅も、放っておけないの?
兄からも天からも自分の存在意義を認められずあがく義経。
その手をはなすことが、できなくなる。
たとえその先にあるのが、悲劇でしかないとしても。
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