上 下
20 / 34

参 その五

しおりを挟む



「よしつねさまあ!」



 その声の出所がどこだったのか、静は覚えていない。
 静でも禅でもない声であったのは確かな、男のひとにしてはすこし甲高い声。

 一瞬、時間が止まったかのような静寂が訪れたものの、すぐに争いは再開される。
 けれどそれもほどなく、終息していく。

「……自業自得だからな」

 甲冑を身にまとった義経は、邸に残ると言ってきかなかったふたりの妻の前でぼやきながら、しぶとい土佐房の軍勢をたった一騎で壊滅させた。

 それは、いままでのものが遊戯であったかのように思えてしまう、圧倒的な殺戮。

 静の前でひとを殺めることを躊躇っていた義経を知る禅は悲鳴をあげることも目を背けることもせずにこの光景を受け入れている少女の手をきつく握る。

 ――これが、平家を滅ぼしたあたしたちが愛する男の真の姿さ。

 武神に味方された青年はあちこちで煌く白刃をかわし、太刀筋を予知し、切り結ぶ。
 危ういところなど何一つ存在しない、完璧な戦っぷりは、彼が軍事的天才であることを堂々と証明している。

「あの侍女なら、三郎が保護してる。安心しろ」

 秀足を心配している静に、義経が風のように囁く。
 秀足は郎党に助けられて無事。それだけで静の心は軽くなり、浮き立つ。
 血煙をあげて斃れていく敵の脆い姿を、静は瞬きすることなく見つめた。
 間近で見る遺骸は血まみれだが想像していたより綺麗だった。

 けれど静は気づかなかった。
 夜だったから。

 五臓六腑が土や畳へ飛び出して赤とも茶とも黒ともつかない色彩を撒き散らして人か馬かも判別できない肉のついた白い骨や切断された腕が方々に落ちていたことに。

 禅は気づかないふりをした。
 その残酷な光景に少女が絶望する朝を迎えるのは時間の問題だと知っていながら。

 なぜなら。

「おいで」

 久々の戦に興奮した義経はこの後、静を自分の寝所へ呼ぶのだ。
 禅ではなく。

 そして契りを結び名実ともに義経の妻となった静は、素直に言うことをきく。
 たとえそれがひとを殺めた直後であっても。

「はい」

 静は拒まない。
 だって、返り血を浴びた義経は、誰よりも美しいから。

「あとは郎党が始末する。お前もやすめ」

 事務的な義経の声は、多少の苛立ちもあるのだろう。
 自分が静とともに残るなどとわがままを言ったから、もっと早く終わるはずだった争いが長引いたのだから。

「そうするわ」

 禅は醜い嫉妬心を隠して、ふたりが手をとりあい帰っていくのを見送る。
 禅はそれをどこか淋しく思いながらも、静が自分以上に義経のすべてを受け入れてくれるだろうと言い聞かせ、背を向ける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...