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参 その五
しおりを挟む「よしつねさまあ!」
その声の出所がどこだったのか、静は覚えていない。
静でも禅でもない声であったのは確かな、男のひとにしてはすこし甲高い声。
一瞬、時間が止まったかのような静寂が訪れたものの、すぐに争いは再開される。
けれどそれもほどなく、終息していく。
「……自業自得だからな」
甲冑を身にまとった義経は、邸に残ると言ってきかなかったふたりの妻の前でぼやきながら、しぶとい土佐房の軍勢をたった一騎で壊滅させた。
それは、いままでのものが遊戯であったかのように思えてしまう、圧倒的な殺戮。
静の前でひとを殺めることを躊躇っていた義経を知る禅は悲鳴をあげることも目を背けることもせずにこの光景を受け入れている少女の手をきつく握る。
――これが、平家を滅ぼしたあたしたちが愛する男の真の姿さ。
武神に味方された青年はあちこちで煌く白刃をかわし、太刀筋を予知し、切り結ぶ。
危ういところなど何一つ存在しない、完璧な戦っぷりは、彼が軍事的天才であることを堂々と証明している。
「あの侍女なら、三郎が保護してる。安心しろ」
秀足を心配している静に、義経が風のように囁く。
秀足は郎党に助けられて無事。それだけで静の心は軽くなり、浮き立つ。
血煙をあげて斃れていく敵の脆い姿を、静は瞬きすることなく見つめた。
間近で見る遺骸は血まみれだが想像していたより綺麗だった。
けれど静は気づかなかった。
夜だったから。
五臓六腑が土や畳へ飛び出して赤とも茶とも黒ともつかない色彩を撒き散らして人か馬かも判別できない肉のついた白い骨や切断された腕が方々に落ちていたことに。
禅は気づかないふりをした。
その残酷な光景に少女が絶望する朝を迎えるのは時間の問題だと知っていながら。
なぜなら。
「おいで」
久々の戦に興奮した義経はこの後、静を自分の寝所へ呼ぶのだ。
禅ではなく。
そして契りを結び名実ともに義経の妻となった静は、素直に言うことをきく。
たとえそれがひとを殺めた直後であっても。
「はい」
静は拒まない。
だって、返り血を浴びた義経は、誰よりも美しいから。
「あとは郎党が始末する。お前もやすめ」
事務的な義経の声は、多少の苛立ちもあるのだろう。
自分が静とともに残るなどとわがままを言ったから、もっと早く終わるはずだった争いが長引いたのだから。
「そうするわ」
禅は醜い嫉妬心を隠して、ふたりが手をとりあい帰っていくのを見送る。
禅はそれをどこか淋しく思いながらも、静が自分以上に義経のすべてを受け入れてくれるだろうと言い聞かせ、背を向ける。
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