上 下
18 / 34

参 その三

しおりを挟む



「女という生き物は、男に抱かれている最中も別の男のことを平然と考えられるというが、お前もそうなのか」

 夜陰の睦言は甘いだけでなく苦味も伴う。禅は何を言うんだと自分の肌を重ね、耳元で囁き返す。

「あたしが彼方しか男を知らないと知っていて、そういうことを口にするんだ?」

 禅にとって義経は最初の男。それ以上でもそれ以下でもない。
 そしてきっと、最初で最後の男。

「そんな女々しいこと、口にするなんて、らしくないわね」
「ああ、そうかもな」

 淫らな肢体を隠す暗闇の中で交わす言葉は、いつもと変わりないはずなのに、禅は違和感を覚える。

「……何かあったの?」
「そうだな、いろんなことがありすぎる」

 ふざけ半分で、義経は禅の身体を開いて戯れに興じる。禅は快感に身を委ねながらも、彼が自分に夢中にならない理由を疑問に思う。

 ふだんなら、彼は自分だけを見つめてくれる。
 けれどいまの彼は別の考え事で頭の中が埋め尽くされているようで。

 ――抱かれている最中で、別の異性のことを考えているのは、あたしじゃなくて、義経の方だ。

 真面目に問いただしてもきっと、義経は応えてくれないだろう。彼が愛でる花の数は禅が知るだけでも軽く十は越えるのだから。

「俺は、ほんとうに戦しかできない駄目な男だ」

 禅の前でしか弱音をさらけだせないと、義経は苦笑する。近いうちに刺客が現れる。下手をすれば禅たちを巻き込みかねない。負ける気はしないが、手加減はできないだろうと義経は息をつき、ぼやく。

「あいつにだけは、見せたくないんだけどな。俺が、ひとを殺めるところ」

 禅の前で、義経が口にする「あいつ」はいつだってただひとり。

「抱いたんだ」

 ぼそっと呟いた禅の声に、安堵の色が含まれていることに義経は気づかない。

「ああ……緊張した」

 そう言って、禅の膝の上に寝転び、そのときのことを語りだす。

 まるで、ようやく欲しかった宝玉を手に入れたかのように、こどものように、得意げに。
しおりを挟む

処理中です...