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弐 その五
しおりを挟む義経が平家滅亡に一役買ったのは事実だ。だが、平家の娘を妻にしたという奇怪な行動が、彼の評判を地へ落としていく。
鎌倉に対して何の断りもなく、平家と外戚関係を結んだ義経は、この時点で鎌倉を敵にまわしたといっていいだろう。世間はこの婚姻を政略結婚とみなし、京で勢力を蓄えながら近い将来、鎌倉にいる兄と対立するのだと噂する。
「……本人はそんなこと考えてないと思うんだけど」
頼朝は義経の突飛な行動をどう思うだろう。京の公家の娘を妻にされたらたまらないとわざわざ鎌倉から未熟な花嫁を正妻だと送りつけたというのに、女好きでどうしようもない義経は兄の忠告など聞く耳持たず、今日も好き勝手に新妻のいる屋敷へいそいそと通う始末。
馴れきっているのか、禅は何も言わない。だが、飾り物であろうが正妻という立場を持つ静は、義経が本気で鎌倉と敵対するつもりなのだろうかとその魂胆を聞きたくて、聞けずにいる。
「……どうするの?」
鎌倉から送られてきた花嫁など、義経にとってみたらもはや邪魔で不要なものなのかもしれない。女として脂がのっているわけでもないちいさな子どもがここにいる理由も見当たらない。それに、本格的に鎌倉と敵対したらそれこそここにいる静の立場は微妙なものになってしまう。
浅葱はついに義経に嫌気がさしたのか「早く河越庄に戻りましょう」などと静を急かしている。きっと頼朝に事の次第を己の口で説明したいのだろう。静はその手に乗るかと応えを渋り、今日も主の訪れることのない屋敷で同じ名前の少女と戯れに興じる。
「河越庄に帰りたいなら、帰してくれるわよ、義経なら」
禅は静がここにいる意味はもうないとあっさり口にする。義経は平家の生き残りの姫君に夢中で、このままだとほんとうに彼は鎌倉に反旗を翻すでしょうねと、明日の天候を占うような口調で、静に諭す。
帰る。
それもいいかもしれない。
離縁を願い出ればきっとあっさり受け入れてもらえるだろう、まだ契りを結んだわけでもないのだから。
そして河越庄で何事もなかったかのように静かに暮らす。京の喧騒とも鎌倉の威厳ともかけ離れたふるさとで……
――などというのは甘すぎる考えだ。
静は禅の言葉を一蹴し、鼻で笑う。
「誰が帰るって?」
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