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第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》

時翔た花嫁に融け合う求婚 03

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   * * *


 桂木本家で風呂をいただいた後、夕食に招かれた資は、晴れて自分の婚約者となった音寧とともに穏やかなひとときを過ごしている。
 彼女の養父の着物を借りた資の色っぽい着流し姿に、音寧はときめきを隠さず「旦那様って感じがします!」と無邪気に褒めている。いや、旦那様って感じじゃなくて、ほんとうに旦那様になるんだよ、と資もまた心のなかで浮かれていた。

 ――桂木家で過ごしている彼女は自然体で、嫁いできた彼女より、どことなくあどけない感じがするな。

 未来から来た十九歳の音寧はすでに有弦の手で女になっていたが、いま、隣にいる彼女は男を知らないのだ。もう一度、自分が彼女の純潔を奪うのかと思うと、なんだか落ち着かない気持ちになる。
 有弦ははじめての彼女に薬酒を用意し、やさしく初夜を導いていた。同じことを追体験するのだろうかと考えたが、未来から翔んで来た音寧が資のように、いまの彼女へ還ったら……やさしく抱くなんて、まどろっこしいと、互いに激しく求めあってしまいそうだ。

 通いの家政婦だという綾音は資が風呂を借りる前に夫が待つ家へそそくさと帰っていった。明日の朝も来るからそれまでに仲を進展させなさいよと資にこっそり発破をかけて。
 婚約したばかりで仲を進展させろと言われても、いきなり部屋でふたりきりになることは難しそうだ。そうでなくても桂木本家の客人として迎えられた資は、同じ敷地内に暮らす分家の音寧とは別の建物で夜を過ごすことになっている。すぐに帝都に連れ帰り、自分の妻にしたかった資だが、綾音に止められてしまった。いまの音寧に別の世界の未来から翔んできた十九歳の彼女が融合するまでは、この場を動かない方がいい、と。

 ――俺のように、あの鏡をつかえばいいのだろうか。過去と未来を結びつけるという、トキワタリの鏡を。

 綾音はトキワタリの鏡を一瞥して「あたしには必要ないものだから」と資へ突き返した。この鏡の真の主は音寧なのだという。けれど、資が持つ精力があれば、彼女を驚かせるちょっとした手品もできるだろうと助言してくれた。だから資は着物の袂へ鏡を潜ませている。音寧にこの鏡を見せたら、彼女はどんな反応をするのだろう……?

「すこし、飲みすぎたかもしれないな……おとね、一緒に外の空気を吸いに行かないか」
「は、はい……」

 桂木本家を統べる当主は酒が強く、しょっちゅう招かれた客人がぐったりしている姿を音寧は何度も目にしているため、資もすぐに音を上げると思ったのだが、元帝国軍人だったというだけあって、最後まで晩酌につきあっていた。
 結局本家の娘のサチが父親を止め、宴はお開きとなり、ふたりは夕食の場を後にした。このまま分家に戻ろうとした音寧を引き止め、資は茶畑とは反対方向の、小高い丘の方へと歩きだす。

「資さま?」
「綾音嬢が教えてくれたよ。この向こうに、夜でも咲きつづける百合の花が群生しているって」
夕萱ゆうすげのことですか? あれは夏の花ですよ? あやねえさまったら……」
「そうなのか? それでも、俺は貴女と一緒に見に行きたいんだ。連れてってくれないか」
「……わかりました」

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