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第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》
時翔た花嫁に融け合う求婚 02
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* * *
茶摘み着物を着てぷちん、ぷちんと茶葉を摘み取っていた音寧は綾音に呼び止められ、見知らぬ男性を紹介された。
彼は音寧を見て、嬉しそうな顔をしているが、音寧に軍服姿の知り合いなぞ存在しない。
「迎えに来たよ、我が花嫁どの」
恰好つけて求婚する資に、音寧は凍りついていた。
綾音がたびたび口にしていた信じがたい未来が、目の前に迫っている。
この自分が、帝都の岩波山の、茶商の花嫁になる……?
「すでに貴女の家族には支度金として準備した金を渡している。人買いのような真似をして申し訳ない」
「……な、なに、それ」
「岩波山の危機を救えるのは時を味方にするという時宮の姫君のちからが必要なのだ。たとえ縁を切られようがその身体に流れる貴き血は変わるまい。邸では丁重にもてなす、それに貴女が岩波有弦の妻となれば、静岡茶を帝都へ融通させることはもとより、海外輸出でも桂木農園の茶葉を優遇することが可能になるだろう……悪くない取引だと思わぬか」
「わ、わたしはただの桂木の娘とねです! いまさら時宮の姫君として迎え入れたところで、有弦さまが求めるような結果が生じるとは」
「それでも俺の運命は貴女しかいない。貴女の双子の姉君が運命と番って駆け落ちしたように、俺には貴女が必要なのだ。頼む……っ」
西洋の騎士のように跪いて、薄汚れた茜たすきとかすりの着物を着た音寧をあくまで姫君のように扱おうとする有弦を前に、「そこまでしなくても」と呆れた声をあげたのは、ふたりの様子を遠くから見つめていた綾音だ。
「とね。桂木家はこの求婚を喜んで受け入れてくれたの。貴女にとっても、悪い話ではないのはわかっているでしょう?」
「……おねえさま」
既に有弦は本家に金を渡し、桂木の養親に話を通しているのだ。いまさら音寧がひとり拒んだところで、覆ることはない。それに、彼がいう取引は、桂木農園全体の運命も揺るがしかねない大きなものだ。
音寧は有弦に差し出された手をおそるおそる両の手で掴み、自身の胸元へ引き寄せて、恥ずかしそうに、こくりと頷く。
「そこまでわたしが彼方の運命だとおっしゃるのでしたら……承知、いたしました。この桂木とね、慎んでお受けいたします……」
自分とは暮らす世界の異なる素敵な男性に、真摯に自分のことが必要だと懇願されて、嬉しくなかったといえば嘘になる。
「――ありがたき、しあわせ」
心底安堵して音寧の前で破顔した彼を見て、懐かしいという感情が生まれたのはなぜだろう。綾音が言っていた運命を、彼が音寧の前で口に乗せたから?
嫌いになどなれそうにないとその場で悟ってしまった音寧は、頬を赤らめながら、彼の榛色の瞳に魅入っていた。
茶摘み着物を着てぷちん、ぷちんと茶葉を摘み取っていた音寧は綾音に呼び止められ、見知らぬ男性を紹介された。
彼は音寧を見て、嬉しそうな顔をしているが、音寧に軍服姿の知り合いなぞ存在しない。
「迎えに来たよ、我が花嫁どの」
恰好つけて求婚する資に、音寧は凍りついていた。
綾音がたびたび口にしていた信じがたい未来が、目の前に迫っている。
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「わ、わたしはただの桂木の娘とねです! いまさら時宮の姫君として迎え入れたところで、有弦さまが求めるような結果が生じるとは」
「それでも俺の運命は貴女しかいない。貴女の双子の姉君が運命と番って駆け落ちしたように、俺には貴女が必要なのだ。頼む……っ」
西洋の騎士のように跪いて、薄汚れた茜たすきとかすりの着物を着た音寧をあくまで姫君のように扱おうとする有弦を前に、「そこまでしなくても」と呆れた声をあげたのは、ふたりの様子を遠くから見つめていた綾音だ。
「とね。桂木家はこの求婚を喜んで受け入れてくれたの。貴女にとっても、悪い話ではないのはわかっているでしょう?」
「……おねえさま」
既に有弦は本家に金を渡し、桂木の養親に話を通しているのだ。いまさら音寧がひとり拒んだところで、覆ることはない。それに、彼がいう取引は、桂木農園全体の運命も揺るがしかねない大きなものだ。
音寧は有弦に差し出された手をおそるおそる両の手で掴み、自身の胸元へ引き寄せて、恥ずかしそうに、こくりと頷く。
「そこまでわたしが彼方の運命だとおっしゃるのでしたら……承知、いたしました。この桂木とね、慎んでお受けいたします……」
自分とは暮らす世界の異なる素敵な男性に、真摯に自分のことが必要だと懇願されて、嬉しくなかったといえば嘘になる。
「――ありがたき、しあわせ」
心底安堵して音寧の前で破顔した彼を見て、懐かしいという感情が生まれたのはなぜだろう。綾音が言っていた運命を、彼が音寧の前で口に乗せたから?
嫌いになどなれそうにないとその場で悟ってしまった音寧は、頬を赤らめながら、彼の榛色の瞳に魅入っていた。
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