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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
地獄の底で待ってる。 05
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大正十二年九月一日午前十一時五十八分。
未来から時を翔けてきた音寧と、過去から時を翔けてきた綾音のふたりの破魔のちからによって、巨大な揺れと共に帝都へ姿を顕現させた赤き龍はその場で核ごと瞬殺された。冥界との入り口を封じたふたりがその後、どこに行ったかは誰も知らない。
時を翔る双子令嬢の暗躍によって、この日以来、帝都を騒がす大きな魔物の存在は激減する。
檜沢や尾久など帝国陸軍の極秘任務についていた人間もその後は大地震の対応に追われ、特殊呪術部隊自体が縮小されることとなった。
だが、日本橋本町一帯は火の海と化し、言葉通り、地獄のような景色になった。
かつて原初の赤き龍が暴れた痕跡も、震災によって消えてしまい、すべてが夢物語であったかのよう……
「――日本橋本町の岩波山本店と深町の工場は全焼、工場の焼け跡から四代目有弦らしき遺体を発見。麹町区の時宮邸も焼け落ちており、逃げ遅れた家主と使用人たちが」
「もういい……それで、傑たちの消息は」
「未だにわからないままです。ただ、帝都にいた可能性は限りなく低いため、生存している可能性は高いです」
「そうか……」
震災から一月が経とうとしていた。
この世の終わりだと思える光景を目の当たりにした資は三代目が隠居している西ヶ原の洋館で日本橋本町から避難してきた野島とともに滞在をつづけていた。
四代目有弦の死によって岩波山は存続の危機に陥っていた。日本橋本町は町全体が焼け野原と化し、復興には長い歳月がかかるであろうと言われている。
そのうえ駆け落ちした傑と綾音は未だ行方不明……
時間の感覚がおかしくなるなとうんざりしながらも、三代目は資とともに休店中の処理を手伝ってくれている。落ち着いたら資を五代目有弦に襲名させようと考えているのだろう。
けれど襲名には花嫁が必要になる。資にとっての嫁は、おとね、ただひとりだというのに……
「……帰れただろうか」
ぽつりと呟く資に、何を思ったのか、三代目が口をひらく。
「野島。焼け落ちた時宮の蔵から鏡を預かってきたと言っていたが」
「……こちらでございます。時宮家は解体され、土地と財産は国に吸収されるとのことですが、この鏡は綾音嬢が気に入っていたとのことから形見分けしていただくことができました」
「形見だと!」
「資さま、そこは怒る所ではございませんぞ。この鏡には不思議なちからが宿っていると聞きました。持っていればいつかまた、巡り合えるのでは?」
あの愛らしいお姫様に。
野島の言葉に反応したのは、意外にも三代目有弦の方だった。
「――時宮の、双子令嬢か」
「ご隠居?」
「資。お前もまた時を味方につけ、運命と番おうとするのだな」
時宮の家に娘はひとりしかいないと言っていた彼が、資に渡された鏡を見て、双子の片割れについてはじめて認めた瞬間だった。
「はい……俺は、おとねがいなければ、五代目有弦を襲名しません」
資の揺るがない榛色の瞳を見て、ご隠居はにやりと笑う。
「その鏡を持って、迎えに行けばいい。茶どころ静岡へ」
「静岡?」
なぜ静岡? と首を傾げる資に、三代目が呆れながら言い返す。
「傑と綾音の結納のときに話しただろう? 桂木農園の、分家の娘――時宮から養女に出された哀れな百合の花はいま「とね」という名で暮らしているのだが……資!?」
――とね、おとねは、はじめからさいごまで彼方だけのものです……よ?
「――知っていたならもっと早く言え、クソジジイ!!」
「資さまいけませんっ、ご隠居の物忘れは今にはじまったことじゃ」
「おねとかいねとか言っていたくせに……とねだと!? 止めるな野島、すぐに車の用意をしろ! 俺はもう未来など待たぬ! 行くぞ、静岡へ――……!!」
突如騒がしくなった邸の窓から見える秋の空に、薄紫色の蝶が飛んでいく。
資は久方ぶりに軍服を身に纏い、野島が運転する車へ飛び乗った。
茶畑に軍服で求婚しに行ったって構わないではないか。
いつか必ず逢えるからと、素直に待ちぼうけを食らう必要などないはずだ。だって彼女は俺の嫁――……!
「いますぐ、迎えに行くよ――我が花嫁どの」
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