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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
地獄の底で待ってる。 02
しおりを挟む身体はまだ、資に抱かれ足りないと、胸元の蝶が消えるまでは傍にいたいと訴えているのだ。
「わたしが、あやねえさまから破魔のちからを受け取ったら、この世界でのわたしの存在意義はなくなってしまいます。それに、資さまに何も言えずに元の世界に戻るのは……」
「ちょっと待って。おとねがいう元の世界、ってどこのこと? 震災後の、あたしと傑が死んだ未来?」
勝手に殺さないで欲しいなぁとくすくす笑いながら、綾音は泣き顔を見せる音寧の髪を撫でながら、耳元で囁く。
「言ったでしょう? すこーしだけ歴史を変えるの、って。あたしと傑は死なない。あと、傑は五代目有弦を襲名しない」
「死なないのに、五代目有弦を襲名しない?」
そのようなことが可能なのか、と目をまるくする音寧に、綾音は平然と告げる。
「いま、あたしたちが目指している未来に近づけるために、あたしはこの場でおとねに破魔のちからを返す必要があるの。このことは別に資くんに伝えなくてもいいわ。葉月のおわりまで、何があっても起こっても、ふだんどおりに過ごして胸の蝶を羽ばたかせなさい」
「羽ばたかせる?」
きょとん、とする音寧に綾音はこくりと頷く。
紫の蝶が羽ばたく――それは次代の悪魔が産み落とされ、帝都に地獄の底が現れる合図。
「そうしたら、あたしを召喚なさい。あたしが、未来から過去へおとねを召喚して時を翔るちからを発揮させたように」
「……長月朔日?」
「そう。今年の夏の最後になる、運命の日よ」
今度は音寧が綾音を過去から未来へ召喚させるのだ。時宮の娘が一生に一度だけつかうことのできる、時を翔るちからで。
「つまり、破魔のちからを受け取ったわたしが、過去の破魔のちからを持つあやねえさまを召喚するってこと……?」
「悪魔を核ごと、完全に封じるためには、冥穴を塞ぐのが手っ取り早いの。おとねが来た世界から見ると破魔のちからを持つあたしがひとり命がけで冥穴を塞いだことになっているみたいだけど、それはこの世界線で起こる未来にはならない。変革は現在もつづいている。わかる?」
「う、うん」
「破魔のちからの真の持ち主であるおとねと、ちからを返却する前のあたしがふたりがかりで封じれば……二倍の破魔のちからがあれば、避けられない災厄のなかで救える命も増える。だからおとね――そのときが訪れたら、詠唱なさい」
綾音が音寧を召喚した際の鍵は「あの夏の日、水の底で待ってる」という暗示だった。
音寧が綾音を召喚するために必要な鍵を、姉は伝える。破魔のちからとともに。
「――夏の最後、地獄の底で待ってる、って」
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