時翔る嫁 双子令嬢と身代わりの花婿

第二部 初恋輪舞 大正十二年文月～長月《夏》

結納に挑むひとたち 03

　　　＊　＊　＊


「思っていたよりも交通量が多いわね」

　日本橋本町大通りで綾音が困惑すれば、隣を歩く傑が「いつもこのくらいだよ」と笑っている。
　ふたりの結納は今日の正午から会食を兼ねて行われることになっていた。前日から傑のもとに泊まっていた綾音は彼に手を引かれながら三丁目の通りを歩いていく。店舗は臨時休業だ。

「その様子じゃあ、魔物との戦いはもうすこしかかるみたいだね」
「赤き龍が討伐されるのを待っていたらいつまでも結婚できないと傑が無理をおっしゃったから、父は渋々本日を選んでくださったのよ」
「ああ、感謝してるさ」

　迎賓館に置いてきた音寧と尾久も、今日の夕方からこちらに来て、結納が終わった綾音と合流する予定になっている。昼間の薬種問屋街はどこも店を開けて商売に励んでいる。このなかに、何食わぬ顔をして魔薬を売りさばいている業者がいるらしい、というのが信じられない。

　けれど、赤き龍とのつながりを探るため、綾音は尾久と音寧にあえて黄昏時に歩くようお願いした。尾久が気配を消せば、音寧が薬種問屋街をひとりで歩いているように見せかけられるからだ。赤き龍は帝都を独り歩きする令嬢を拐かし、嬲った後に残虐に殺す。囮役の彼女が今日、動くことは檜沢と山縣にも報告済みだ。彼らも現場近くで様子をうかがっていると考えていいだろう。

「資に姫が来ることを知らせなくていいのか」
「……裏で軍が動いているのよ、いまはまだ彼を刺激しないでほしいわ」
「それもそうだな」

　何かを考えるように傑が首肯すれば、振り袖を着た綾音が艶やかな笑みを浮かべる。
　結納に合わせて用意された真紅の振り袖は夏の暑い時期を考慮して、薄手の布がつかわれているが、それでも重みがあり、今日の日にぴったりの誂えをしていた。化粧をしているにもかかわらず、汗一つかかず凛とした佇まいで傑の隣を歩く綾音を見て、彼は頬を緩ませる。

「親族との顔合わせと食事が主だったものだ。そう気負わなくても」
「気負ってなどいないわ。ふだんどおりにあたしは、傑の傍にいるんだから」

　人形のように見えた彼女が、傑の言葉ひとつで顔色を変え、頬を膨らませ、人間らしい表情を見せてくれる。
　帝国軍で特殊な任務を遂行していた異母弟から奪い取った、自分だけの薔薇の花。花盗人と揶揄されようが構わない。俺には綾音がいればそれでいいのだから。
　だから資にも唯一の存在が現れたのは嬉しいし、応援したいと思った。けれど資の恋を応援しつづけるとなると、自分と綾音の未来は葉月いっぱいで終わりを迎えると、愛する彼女から告げられてしまった。双子の妹のために身を滅ぼそうとする綾音を救いたくて、傑は姫を軍の囮にすればいいなどと一方的に差し出してしまったが……彼女は怒っていないのだろうか。

「傑は何も心配しなくて大丈夫よ」
「……え？」
「姫には、お守りを渡してあるから。万が一、赤き龍に彼女が連れ去られてしまっても、危害を加えられることはない、はず」

　すこしだけ自信なさそうに呟く綾音に、傑はこくりと頷く。

「そのときは資が黙っちゃいないさ」

　 任務を解かれたとしても、資にとって唯一の彼女が危ない目に遭っていると知ったら、たとえ魔眼のちからを失っていようが、気にせず彼女を救いに駆けつける。と、傑が言い放てば、綾音もくすりと笑う。 

「まるで岩波山の男の呪いを資くんが肩代わりしているみたいね……未来の有弦を襲名するであろう彼が」
「綾音。そのことは」
「傑は、五代目有弦になりたい？」